*鈴野家御用達カフェ*


結衣、行きつけの「犬猫(ワンニャン)カフェ」。
結衣がそう呼んでいるだけで、沢山のワンコとニャンコと触れ合い楽しむ戯れるカフェではない。
ただ、店長の愛猫と愛犬が、のほほんと看板の役割を担ってくれている、普通の隠れ家に的な飲食店だ。

「藤堂君が可愛い。何ですか、あの人誑(ひとたら)しの無垢な優しさは。私が杉原衣を演じていた時は、ぶっきら棒な態度だった癖に。ギャップに気持ちが追い付きませんよ」

カウンターに座り、膝に居る三毛猫を撫でて居る結衣。
オレンジジュースを飲みながら、酔っ払いの如く、店長のツバサに愚痴っていた。
ツバサは、結空の酒飲み友達と言う事も有り、鈴野家の事情をよく知る一人だ。

「また、朔君と何かあったの?」

ツバサに問われ、秘密基地で朔に抱きしめられ子供の様に泣きじゃくり、頬キスを貰った事実を思い出す。

ーーーーあと何度、あの日の出来事を反芻(はんすう)すれば、この心の弾みは落ち着き、顔が火照る現象から解放されるのかな。藤堂君に向ける、この(いびつ)なふわふわ感情は、早く忘れなきゃいけないのに。

「もう、本当に、(たぶら)かしの才能を私に使うのは止めて欲しい。なんで、私に拘って来るのかな?私が結羽の姉だったから?」
「それも多少はあるんだろうけど、それだけじゃないって事、結衣ちゃんも分かってるんでしょ?」
「・・・知らない、分かりたくない」

ツバサは、可愛い常連客の結衣が、朔とこの店に初めて入ってきた事を思い出す。
普段していない眼鏡を掛け、「杉原衣」と名乗った時は、何の遊び?と首を傾げたものだ。
その後、朔がトイレに立った隙に結衣から説明を受け、随分と手の込んだややこしい事してるな、と正直な感想を抱いた。
そして、これは結羽の作戦なのだと、ツバサはすぐに思い至る。
朔の為や、結衣の為でもあると同時に、本当は結羽自身の為の大作戦。
結衣が、自分を気遣って作る優しい笑顔よりも、朔を想って笑顔を咲かす元気な結衣の姿を、結羽は最後まで見て居たかったんじゃないのかと。

『結羽の体調が悪化してから、結衣の笑顔がぎこちなくなっちゃってね、本人は気付いてない様だけど』

とある深夜、そう溢す結空もまた、寂れた笑顔をしていた。
姪が寝付いた後、カフェからバーに変わる店内を訪れ、結空はグズり泣く時がある。