「それはそれは失礼したね。ランチはまた別の機会に声を掛けさせて貰うとするよ。でしたら、鈴野さんを今晩のディナーにお誘いしたいのですが、如何でしょうか?」
「良いわけが有りません。結衣お姉様は毎晩、家族で食をするのが日課なのです。私だってまだ、お姉様と外で約束して食事した事ないんですからね」

その男性は、おそらくご令嬢達に人気があるのだろう。
先ほどから好奇な視線が回りから向けられ、浮ついた小声話も何やら囁かれている様子。

「純粋なお姉様に、男性との交流はまだ必要ないんです。早々のお引き取りを」
「どうやら、今日は僕の完敗の様ですね。鈴野さんの子犬が居ない時にまたお誘いさせて頂こう」
「申し訳有りませんが、名すら知らない貴方の誘いに私が乗る事など、けして御座いませんので」

結衣は、男性の目を猛々しく見返し、はっきりとした口調で明瞭に拒絶の意思を伝えた。

男性は、懐から出した名刺を結衣へと差し出す。

「自己紹介が遅れ、失礼致しました。新井葉太郎と申します。生家では、世界規模に香水事業を手掛けさせて貰っています、どうぞお見知りおきを。五葉大唯一の特待生であり、四葉女時代は三年間クイーンを務められた鈴野結衣さん」

名前を呼ばれ、結衣は背筋がゾワリと凍りつくのを感じた。

「名刺は結構です、受け取るつもりも有りません」
「ここまで頑なに僕の誘いを断るなんて、僕と噂になる事に照れてるのかな?鈴野さんは初心で可愛い人ですね」

男性の的外れな見解に、結衣はもう呆れるしかなかった。
さっさと何処かに行ってくれないだろうか。と溜息まじりに結衣は胸の中で呟く。

男性は、結衣が名刺を受け取らないと分かると、名刺を結衣が食している弁当箱の横へと置く。
ただ、その名刺はすぐ様、どこからか伸びてきた手によりグシャリと握り潰された。

「多駕?」

多駕は冷ややかに、汚物を見るかの様に男性を睨んでいる。

「・・・仕方ない、今日はこれで引かせて貰うよ。このまま居座れば、穂波君と乱闘する羽目になりそうだ、僕は頭脳戦派なので、それは勘弁して頂きたい。ただ、鈴野さんみたいな魅力的な人を易々諦めるほど、僕は愚かでは有りません。それに、ライバルが多い程、手に入れた時の達成感は格別と言うもの。では鈴野さん、また折を見てお誘いさせて頂きます」

男性が、ようやくその場から離れてくれたのは良いが、粘着力ある宣言をされ、結衣はただただ憂うしかなかった。

「結衣」
「ん?」
「新井には絶対に関わるな」
「もとよりそのつもり」