*秘密基地の邂逅*


今日は5月×日、母の日。

「結空ちゃん、いつもありがとう」
「ありがと結衣、今年も綺麗ね」

結衣はカーネーションを結空に手渡す。

「結空ちゃん。この後、奉仕の仕事で清掃業務頼まれてるから、ちょっと出かけて来るね」
「えぇ、分かった。帰りが遅くなる様なら連絡するのよ」
「うん」

結衣が出掛けるのを見送った結空は、一つの部屋へと向かう。
結衣と結羽の両親の部屋。
そこには仏壇があり、結空は仏壇前にある座布団に正座する。

「兄さん、義姉さん、結羽。結衣が無茶したら、加減なく叱ってやって下さいね。ま、叱った所で、言う事聞く子ではないですけどね」

仏壇にある花瓶には、既に2本のカーネーションが生けてあった。
結空はそこにさらに自分の手元にあるカーネーションも差し入れた。


*****


恋慕小岳の誰も通らない木々の間を縫う様にして、結衣は歩いていた。
薄暗い林の奥には小さな寺がある。
苦しい気持ちも、悲しい気持ちも、寂しい気持ちも、不安な気持ちも全部曝け出せる、無くてはならない自分だけの秘密の隠れ家。

ーーーー結空ちゃん、ごめんね、嘘ついちゃって。でも、どうしても今日は一人になりたかったの

毎年母の日には、結羽と二人でカーネーションを贈り合い、結空にも二人で手渡しして、母の仏壇にも二人で生けた。
次々と蘇る、結羽との優しい記憶。
妹の声も笑顔も、繋いできた思い出も全部、脳裏に鮮明に再生されれば、涙腺なんてあっという間に制御を失ってしまう。

此処には誰もいない、誰にも聞こえない。
だからもう、面倒くさい意地を捨てて、虚勢を張らなくてもいい。

ようやく辿り着いた目的地。
だけどそこには先約が。

「と、ぅどぉ、く。なん、で」

自分以外がその場所に居るなんて、思いもしない。
居たとしても、それは自分の弱さが見せている、都合の良い夢幻だ。