*ゲームセット*


季節は巡り春。
クリスマス以来、結局結羽と会う事はなかった。
結空さん経由で渡して貰ったシマエナガのキーホルダーを、結羽はとても喜んでくれたと、結空さんが後日教えてくれた。

結羽は、4月の始めに亡くなった。
斎場で、久しぶりに結羽の顔を見た。
色のない表情で眠る結羽に、特に溢れる感情などは無く、あっさりとした静かな感情だけが取り残された。
まだ現実を理解出来てなかっただけなのかも知れない。

「藤堂君、これ、結羽からの手紙」
「手紙って言うか、ノートじゃないのかそれ?」
「結羽なりに、藤堂君に伝えたい事が沢山あったんじゃないかな」

斎場の外で、俺に差し出された物を受け取る。
文庫サイズの可愛い小鳥柄のノートに、リボンが巻かれてある。

「・・・俺への接触は、結羽からの頼まれ事だったて事か?杉原さん」
「うん、ごめんね。結羽ね、藤堂君が心配だったんだと思う。藤堂君の気晴らしに構ってあげて欲しいって、可愛い妹に懇願されたらどうしても断れなくて」

喪服に包まれ、涼やかな笑みで空を見上げる杉原衣さん。
斎場で彼女を見かけた時、余り驚きはなかった。
家族側の席で、背筋を伸ばし座る彼女は、辛そうな顔は一切見せず、結羽の死を悲しみ弔問する人達の対応を立派にこなしていた。
杉原さんの近くに居る結空さんの目は赤く腫れ、沢山泣いたのだろうと伺えた。

「俺はてっきり、結空さんが結羽のお姉さんだと思ってたよ」
「結空ちゃんは私達の叔母。亡くなった父さんの年の離れた妹さんなの」
「なぁ」
「何?」
「杉原衣って本名じゃないんだろ?」
「うん、杉原は母の旧姓。では、改めて自己紹介しますね、私は鈴野結衣(ユイ)。結羽の姉です」
「・・・鈴野、結衣」

似た響きの名だ。
もう、杉原衣に会う事は二度とないのだろう。
今まで何度となく会っていた筈なのに、今、対峙する彼女とはまるで「初めまして」の様だ。
違いと言ったら、眼鏡を掛けてないって事くらいなのにな。

「藤堂君、貴方にとって私との時間は迷惑だったのは重々承知でした、本当に申し訳有りませんでした。でも私も、結羽のお願いだからと言って最初は乗り気ではなかったんですよ。藤堂君は覚えてますか、クリスマスの時のニャンコクイズ」
「あぁ、なんのご褒美欲しさに、杉原衣が俺に近づいたのかって奴だろ?」
「はい。正解は、結羽の笑顔が見たいから、でした」
「笑顔、見れた?」
「お陰様で。藤堂君のツンデレ話は結羽に高評でした」

高評で何より。
結羽のお姉さんと知っていたら、もう少し丁重に紳士に対応させて貰ってたのに。

「結羽に制限させられたんです『私の話題は禁止だからね。朔がお姉ちゃんと合っている時は、朔には私の事は忘れていて欲しいの』って。だから仕方なく偽名を名乗ってたんです」

何だか全部、結羽の思い通りって感じだな。
最初は確かに煩わしくて仕方なかったよ、彼女との時間は。
でも今は、手放したくないと思える自分がいる。
結羽が繋げてくれたかと思うと尚更だ。

「目的が済んだ気まぐれニャンコに、もう俺は用無しな訳?」
「そうなりますね。ゲームは終了です、藤堂君の勝ちです」
「最初から、勝つ気なんてなかった癖に。なぁ俺は、」
「余り結空ちゃんを一人にさせておきたくないので、私はこれで失礼します。どうかお元気で、藤堂君」

彼女は俺の言葉を最後まで聞かずに、再び斎場の方へと向かう。
結羽、お前の大好きな姉さんは、出会った時から何一つ、俺の事情なんて汲み取ろうともせず、自分の都合ばかりを俺に押し付けてくる厄介な人だったよ。
でも、彼女があんなにも強引なゲームを仕掛けて来た訳が、今更ながら分かった。
可愛い妹のお願いを聞こうと、頑張ってたんだろうな。

手元に残された手紙と言う名のノートを眺める。
こんなにも、何が書かれているんだか。
浮かれてしまう内容を想像してしまうが、余り過度な期待を抱くのは良しておこう。
中学の時の思わせぶりの結羽の態度で学習済みだ。
気持ちがひと段落したら、読ませて貰うとするよ。


第一章 終