突如、ボワっと通行の先に、靄で出来た人形が2つ浮かび上がる。
おそらく、肝試し用の演出で仕込まれた映像トラップなのだろう。
靄の二つはどうやら男性と女性で、恋慕小岳の言い伝えになぞらえた恋人を表している様だ。
小さく男女の微笑ましい笑い声も流れる。
何か会話をしている様だが、上手く聞き取れない。
そして靄は、緩やかに形を壊しながら闇夜に溶けていった。

「結構、神秘的な演出でしたね。怖くはなかったですが、少しリアル過ぎて鳥肌が立ちました」
「肝試しって言ったら幽霊が定番だしな、演出を考えた人たちが頑張って作り込んだんだろうな」
「あ、そうだ藤堂君、定番で思い出しました」
「何を?」
「定番の告白を。今日はまだ言ってなかったなって」
「告白をノルマにする事はないんじゃないか?」
「ほら、そこは一応、ゲーム的に徹底させとかないと。大好きですよ、藤堂朔君」
「残念でした。俺には好いた子が居るんで、杉原さんの気持ちには答えられないよ」
「今日もダメでしたか。クリスマスの雰囲気に飲まれてくれるかも、と思ってたんですが」

よく言うよ。飲みこませない様にしてる癖に。
彼女の告白は、相変わらず俺を不愉快にさせてくれる。
でも、本当に不愉快なら、こんな薄暗い中、彼女と二人だけで歩いてたりしない。

「早く一周しましょ、藤堂君」
「そうだな」
「ふにゃっ」

先を急ごうとした矢先、手の先の彼女が小さく悲鳴をあげ、急によろめく。

「杉原さんっ」

彼女が転ぶ前に、繋いでない方の手を、咄嗟に差し伸ばす。
何とか支える事に成功し、転倒だけは免れた。
そう転倒はしなかった、転倒は。
問題は、俺の手の位置が非常にまずい所に置かれていると言う事だ。
コート越しとはいえ、強めに彼女の胸を掴んでしまっている。
人一人を支えなきゃと言う無意識化の咄嗟の力加減で遠慮が出来ず、そういう事態に陥ったのだと、とりあえず心の中で言い訳と自己分析をしてみた。

「あの、藤堂君、手」
「その、決してわざとでは、ない、です、咄嗟で」
「大丈夫です、分かってます。えっと、離して貰ってもいいですか?」

俺も彼女も、至って態度は冷静だった。
掴んだまま離すタイミングを失っていた手を、ゆっくりと引っ込めた。

「改めてごめん」
「いえ、私の方こそ支えて貰って有難うございました。おかげで転ばずにすみました、何やら柔らかい物を踏んじゃったみたいで」
「柔らかいもの?」

彼女の足元を見やれば、何やら不可思議な物体がゆらゆら揺れている。
おそらくスライムか何かだろう。肝試しのトラップってとこか。

「足元、気を付けながら警戒して進もうか」
「そうですね」

冷静さを保っているが、鷲掴みした手の感覚が残ったまま消えない。
煩悩が暴れ邪な妄想をしそうになるのを、化学式を脳内で唱え何とか抑え込む。
彼女を横目で伺い見れば、俺の目線を察知し、笑顔を返して来た。
通常通りの彼女に少し腹立つ。
俺は只今、煩悩と理性が大喧嘩中で大変な事になってると言うのに。

「杉原さん」
「何ですか?」

彼女の耳に口を寄せ、意地悪を吹き込んでみたーーーー大きいよね、と。
何が、とは言わないが。
彼女から仮面が消え、口をぱくぱくさせ、何とも言えぬ愛嬌溢れる表情に変わる。
どうやら、彼女も俺と一緒で冷静さを保っていただけだった様だ。
彼女の告白ゲームの本位はなんにしろ、弄ばれっぱなしは不公平だろ?たまには、反撃させて貰わなきゃな。
俺は満足し、再び化学式を唱える事にした。