食事を終え、手早く洗い物を済ませて再び戻った瑞希の前に、伸也は持ち込んだビジネスバッグの中から分厚い資料の束を取り出した。

「2年前、母方の祖父が急死して、後を継ぐ為の修行に行けって言われて、考える間もなくロサンゼルス行の飛行機に無理矢理乗せられた。二日酔いで朦朧としてる内に、気が付いたら雲の上飛んでた……」
「え……」
「ほぼ、拉致だったね。前日の飲み会も、祖父の会社がらみの人とだったから、計画的犯行」

 社内派閥の関係でどうしても血縁者である伸也を次期社長にしたい者達に仕組まれたということが分かったのは、それから随分経った後だった。手持ちの鞄一つで渡米させられた彼は、その唯一の荷物さえも空港内で失ってしまった。

「海外って、怖いよね。二日酔いで頭痛くてぼーっとしてる内に、鞄ごと持ってかれたよ」
「……」

 思い出しておかしそうに伸也は笑っていたが、聞かされた瑞希は笑って良いものかどうか分からず、無言のまま顔を引きつらせた。
 空港まで迎えに来ていた関係者によってその後のフォローもあり、携帯やクレジットカード類の利用停止の手続きは出来たが、肝心の瑞希への連絡手段が無くなってしまった。
 不幸中の幸いなのは、パスポートは付き添っていた会社の人に管理されてたから盗られず済んだことくらい。おかげで大使館の世話になることはなかった。

「隙を見て一旦帰国するつもりだったんだけど、そんな余裕すらなくてさ。せめて一日でも早く修行を終わらせようと、必死で仕事を覚えたよ」

 結局、帰って来れるまで2年もかかった。そして、日本に帰って来て継ぐことになったという会社のパンフレットを瑞希の前に広げて見せる。付き合っていた頃に彼が勤めていた会社の親会社にもあたる、KAJIコーポレーション。全国に支社を構える大企業だ。
 刷り上がったばかりだという最新のパンフの裏表紙には、目の前にいる伸也のすました顔が代表取締役CEOとして掲載されていた。就任日が先月の日付になっているので、本当に帰国したばかりなのだと分かる。

 帰国後すぐに携帯番号を復活させて、連絡先の分かる知り合いを伝手に自力で瑞希のことを探してはみたが、どうしても見つからなかった。共通の友人は元から少なかったが、その誰もが瑞希の居場所も連絡先も知らないと言う。絶望的だった。
 ただ分かったのは、瑞希に子供がいるかもしれないということだけ。無事に生まれているかどうかの情報を持つ者は誰一人としていなかったが。
 けれど、間違いなく自分との子だと思った伸也は、必死で瑞希達親子を探し続けた。