子供用の小さな布団に拓也を寝かしつけている瑞希の後ろ姿をじっと見つめ、膝の上で拳を強く握り締める。全てを軽く考えていた自分が情けない。自分と彼女とは全く別の時を過ごしていたことに、この時初めて悟った。

 保育園から持ち帰って来た荷物を片付け、洗面所で部屋着に着替えた瑞希は、冷蔵庫の中から休日に仕込んでおいたらしき食材が入ったタッパーを取り出して、伸也の方を振り返った。
 毎日当たり前のようにこなしているのだろう、台所に立っている動きに無駄がない。

「夕飯まだだったら、簡単な物しかできないけどいい?」
「あ、うん。ありがとう……じゃなくて、先に話を聞いて欲しい」
「無理。私がお腹ペコペコだから」

 2年ぶりの再会なのに、すっかり瑞希のペースだ。これが母の強さなのかと、伸也は感心しかけ、否、強くならざるを得ない状況に追い込んだのは自分だったと気付く。

 予めに野菜等を切っておいたらしい材料で手早く八宝菜を作ると、瑞希は不揃いな器二つにご飯を盛り、その上に乗せた。洗い物も少なくて済むのに野菜たっぷりな中華丼にすると、割り箸を添えて伸也の前に置く。

「ごめんね、食器とか全然揃えてなくって……しかも、全部100均だし」

 恥ずかしそうに笑いながら伸也の向かいに腰を下ろしてから、いただきますと両手を合わせる。伸也が離れていた2年の間に強く逞しい母となっていても、礼儀正しい瑞希の所作は少しも変わらない。正座して真っ直ぐに伸ばされた背筋と、きちんと躾けられたのが分かる箸使い。

 一度は手に取った割り箸を伸也はテーブルへと置き戻した。そして、崩していた足を正して、瑞希に向かって頭を下げる。

「ずっと連絡が取れなくて、ごめん。瑞希一人に苦労させてしまって、ごめん」

 中華丼を頬張ったまま、瑞希は頭を下げている元彼のことを見ていた。しばらくして頭を戻した伸也の顔は、泣く寸前で我慢している時の拓也の顔とそっくりだった。そんな顔を見せられてしまったら、怒る気は失せる。

「とりあえず食べて。その後に一から順に説明してくれる?」
「……分かった。いただきます」

 先程の瑞希に習って、伸也も両手を合わせる。割り箸を二つに割って口に入れた中華丼は、温かくてとても優しい味がした。