再会で盛り上がったテンションを地面に叩きつけられたとばかりに、一気にシュンとした男は、瑞希達に車へ乗るように勧める。言われて大人しく乗るつもりで駐車場の方を向き掛けたが、はたと気付く。

「あ、自転車」
「そっか、じゃあ、車は先に帰ってもらうよ」

 家まで歩きながら話そうと提案してから、伸也は白のセダンの元に赴き、運転席の誰かと話しているようだった。
 その後、黒のビジネスバッグを片手に、すぐに駐輪場に戻って来た伸也は、チャイルドシートに子供を乗せた自転車を押す瑞希と並んで歩き始める。その横を通り過ぎて行く際、白い車の運転手がこちらへ向けて丁寧に頭を下げているのが見えた。

「良かったの?」
「ああ、あれは社用車だから。先に帰って貰うことにしたし、大丈夫」

 ――社用車?

 きょとんと首を傾げる瑞希の様子に、伸也は「何から話したらいいんだろ」と鼻の頭を人差し指で掻いている。
 いつもとは違うゆっくりペースの自転車の揺れが心地良かったのか、チャイルドシートに収まっていた拓也は完全に眠ってしまっていた。ベルトで身体が固定されているとは言え、自転車の振動に合わせてガクガクと揺れる頭が危なっかしい。

「へー、寝ちゃってるね」

 伸也は興味津々でシートを覗き込んでいる。そう言えば、なぜ彼が息子の名前や通っている保育園を知っていたのだろう。子供を産んで以降、共通の知り合いに会った覚えはない。

「何で、この子の名前を知ってるの?」
「調べたからね。帰国してすぐ、瑞希を探していろいろと」

 近い内に渡米するかも、そう宣言した後、気が付いた時には伸也は居なくなっていた。彼が借りていた部屋が引き払われていることを知って、慌てて携帯に電話した瑞希が聞かされたのは「お使いの電話は、お客様のご都合により……」という素っ気ない音声ガイダンスだった。

「ごめん。向こうの空港に着いてすぐ、鞄ごとスられちゃって、携帯は緊急停止するしか無かったんだよ」

 拓也を妊娠する前も今と同じキャリアショップに勤務していたから、伸也の携帯が解約された訳でないことは分かっていた。訳あって一時的に使えなくなっただけだと、すぐに復活して連絡が来るかもとアドレスから消さずに待っていた番号は、今も変わらず瑞希のスマホに記憶されている。
 何度も消そうと思ったこもとあったけれど、結局は出来なかった。裏切られたという気持ちが大きくなってからも、やっぱりどこかで信じていたのかもしれない。

「帰って来て速攻で新しいのを買い直したけど、瑞希の電話が繋がらなくてさ」
「うん、番号変えたから。ちょっといろいろあってね」