拓也の通う保育園からは自転車で20分のところにあるショッピングモールの中に、瑞希の職場はある。1階の隅にテナントとして入っている携帯電話のキャリアショップ。拓也を出産してから今の店に勤めるようになって、丁度1年が経とうとしていた。

「今月は実績給2倍月です。気合い入れて売って行きましょう」
「「よろしくお願いします」」

 店内の簡単な清掃後、代わり映えのしない朝礼が終わると、各自が思い思いに動き出す。前日にやり残した仕事の続きをし始める者、新たに届いているメールやFAXを確認する者、煙草を吸いに喫煙室に消えていく者。
 同じ職場にいても、始業前のルーティーンは人それぞれだ。今日みたいな普通の日は特に。

 新機種の発売や予約開始日でもない限り、平日に朝一で店の前に行列が出来ることはほとんどない。特にこんな奥まったところにある店は、開店時間が過ぎてもしばらくは閑散としているのが常。

「実績給2倍ってことは、店長から横取りされる売上も2倍ってことか……」

 隣のカウンターに座った、同僚の西川恵美がはぁっとワザとらしく溜息を付いてみせた。ショートボブのサイドの髪を耳に掛けて、きっちりと横に流した前髪。マナー研修で合格点を貰える店員のお手本のような見た目に反し、眉を寄せて露骨な嫌悪を現わしているのが何とも言えない。それに対しては何も言わず、瑞希は半笑いを浮かべて同意する。

 いま勤めている代理店は個人売上の1%を実績給として給料に還元して貰える。と言っても、携帯電話を新規で1台販売できても数十円にしかならないし、還元されるにも最低基準という名の下限もある。基準以上の売上の無い月は1円も貰えない。世の中は世知辛い。

 そしてさらに、半年前から転任してきた吉崎店長は露骨に売上を横取りしてくるタイプだ。自分が住所変更などの簡単な手続きを受けている横で、他のスタッフが新規の可能性のある客を接客していれば、すっと移動して来て強制的に受付を交代させ、新規販売を自分の手柄にしてしまうのだ。

「繁忙店に戻りたくて、店長も必死なんだよ」
「普段は煙草ばっか吸ってて、何もしないくせにね」