拓也が目を覚ましたらすぐ出掛けられるように、瑞希は子供の着替えや玩具、お茶、オヤツなどをマザーズバッグに詰め込んでいく。その荷物の量に伸也は驚いているようだったが、オムツの取れていない乳幼児連れなら、これが標準装備だ。
 荷物と抱っこのコンボで二の腕は逞しくなったし、子供を追い掛けて常に走り回るからヒラヒラした洋服やヒールのある靴はすっかりお蔵入りになった。好きな服を何も気にせずに着られた、あの頃とは違うのだ。

 声を潜めながら二人で話していると、拓也がモソモソと小さく動き出し、そのまま目を開いた。昼寝から起きたら家に知らない人がいる状況に、寝ぼけながらも戸惑っているようだった。真っ先に瑞希の姿を探し、ひしっと脚にしがみ付いて離れようとしない。

「前にも会ったんだけど、覚えてないかぁ。あ、拓也はこないだもほとんど寝てただけだもんなぁ」

 いきなりの人見知りに、伸也は寂しそうに笑う。大泣きされないだけマシなのだが……。

 子供の警戒心が落ち着いてきたのを見計らって三人揃って外に出ると、白色のセダンがアパートの前でハザードランプを点けて停車していた。運転席からは濃いグレーのスーツを着た50代くらいの男性がすっと降りてきて、後部座席のドアを開いてくれる。

「秘書の鴨井さん。爺さんに引き継いで、俺に付いてくれてる」
「鴨井と申します。本日は運転手をさせていただきます」

 伸也に紹介され、鴨井は深々と頭を下げる。その所作のスマートさに釣られて瑞希もペコリとお辞儀したが、名乗る前に伸也に促されて後部座席のドアを潜った。社用車と聞いていたから、運転席の後ろに設置されている真新しいチャイルドシートには違和感しかない。
 子供を慣れない手付きでシートに乗せながら、ガチガチに緊張した顔でいる瑞希に、伸也は小さく笑いながら説明する。

「彼には全て話してあるから。興信所の手配とかで瑞希を探すのも手伝って貰ったし。あと、二人へのプレゼントの相談とかも乗って貰ったかな」
「そうなんだ――ありがとうございます」

 少しだけホッした表情に変わった瑞希は、運転席に乗り込んでシートベルトを装着している鴨井に礼を伝えた。

「いえいえ、社長と再会されて良かったです。歳の近い娘と孫がおりますので、贈り物は意外と得意なんですよ」
「あ、納得です。子育てしたことがある人じゃないと分からないようなセレクトだったので、絶対に伸也が選んでないなとは思ってました」

 そう言っていただけると嬉しいですね、と鴨井は目を細めて笑って、車を発進させた。きっと、孫へのプレゼントで高評価を貰えた物を勧めてくれたのだろう。見た目に派手さはないが自然素材で作られた玩具だったり、オーガニックの洋服だったりと、何でもすぐに口に入れてしまう乳幼児のことをよく分かっている贈り物ばかりだったから。

 そういえば行き先を聞いてないなと伸也に聞いてみるが、「着いてからのお楽しみ」と悪戯っぽく笑って返されるだけだった。
 これまで車に乗る機会がほとんど無かった為、拓也は初めて座ったチャイルドシートからの景色に奇声を上げて喜んでいた。