「ぶっぶー」

 届いたばかりの車の玩具を握り締めて、拓也は朝からご機嫌そうだ。フローリングの上を豪快に車を走らせて回っている。いつの間に、車は走らせて遊ぶ物だと覚えたんだろう? つい最近まで玩具は口に入れるか、投げるかだったのに、ちゃんと上手に遊べるようになっていることに驚く。

 子供の成長は早い。あっという間に拓也は大きくなっていく。だからこそ先送りせず、伸也とちゃんと話し合わなければと少しばかり焦りを感じる。それでも、まだ認知も入籍もしていなくても、父親である伸也と再び会えたことは、徐々に心の支えとなりつつあった。

 妊娠検査薬が陽性ラインを示した時から、生きていく上での何もかもを一人で決めてきた。初めての出産も、初めての子育ても。誰にも相談できないことばかりだった。
 離れていった人、消えていった縁、逃げるように去った地元とは関係が戻る日が来るとは思えない。ガラリと変わってしまった周りの人間関係。

 ――でも、伸也だけは戻って来てくれた。

 伸也にそっくりな息子をぎゅっと抱き寄せる。遊んで貰えるとでも思ったのか、拓也は持っていた玩具を瑞希の目の前に掲げて見せる。得意げな顔を見れば、新しい玩具をとても気に入っているのがよく分かる。

「マーマ。ぶっぶー」
「うん、カッコいいの貰えて良かったねー」

 これまでの伸也から息子へのプレゼントの中には、瑞希が知らないキャラクターの物もいくつかあった。見る余裕も買うお金も無かったから後回しにしていたら、気付いた時にはTVの無い生活にも慣れていた。生まれた時からTVとは無縁の拓也だが、それでも届いたヌイグルミを気に入って、保育園にも連れて行きたがるくらいだった。

 異様に気に入られたキャラが何なのか気になりだして、スマホを使って調べてみたら、やはりというか教育テレビで人気のあるキャラらしい。初見の幼児の心をあっさり掴んでしまうなんて……おそるべし、Eテレ。

 子供の車遊びに少し付き合った後、プレゼントのお礼のメールを伸也へと送る。ずっと停止されたままだった携帯番号を帰国後に復活させたという話は真実で、瑞希がアドレスに記録したままだった番号もメアドもちゃんと使えるようになっていた。これまで何度掛けても鳴らなかった呼び出し音が、今はちゃんと鳴るようになっているし、送った瞬間に届いてしまう自動のリターンメールも無い。

 5分もしない内に届いた返信を確認してから、瑞希は焦ったように部屋の中を見回す。昨日までの連勤の影響を受けて散らかった室内を慌てて片付け始める。

『午後に時間が取れそうだから、瑞希と拓也に会いたい』

 取り繕うところもない殺風景な部屋でも、散らかる時は散らかる。伸也と再会した夜はそれほど荒れていなかったことは奇跡かもしれない。
 床に散乱した玩具を篭に放り込み、畳んで積み上げられていた洗濯物をクローゼットに収納していく。雑に重ねていた布団を丁寧に畳み直すと、拓也が喜んで登って遊び始め、一瞬で雪崩を起こしていた。

「拓也。後でお客さんが来るから、あまりぐちゃぐちゃにしないでー」

 新しい遊びを見つけた子供のことを背中で気にしつつ、瑞希は狭いキッチンスペースに立って、作業途中だった総菜の作り置きと下拵えにとりかかる。休日にちゃんと準備しておかないと、仕事から帰った後に地獄を見ることになるのだ。勤務時の自分を助けてくれるのは、休日の自分だ。