「勿論、全部一気には無理だから様子を見て少しずつになると思うけど。それでも、瑞希なら損させないだろ?」

 経理から預かって来たという、各回線の利用明細書の束を取り出す。受け取った明細を瑞希は順に目を通していく。

「そうね。プランが合ってなかったり、割引も適応されてなかったりするのが多いから、かなり通信費は下がると思う。これなんか、法人割引すら入ってないし」

 はるか昔に契約したまま、プランの見直しも無く引き継がれてきたのがありありと分かる利用明細。酷いものだと、社用携帯なのに有料サイトの月会費が毎月計上されたまま放置されている。最適なプランに変更することができれば、大幅な経費削減に繋がるはずだ。

「うん、瑞希に任せるよ」

 満足そうに頷くと、信也はにこりと微笑んでいた。瑞希のことをちゃんと評価して認めてくれる、そういう伸也が瑞希は大好きだった。

「さすがに次からは、代わりの者が来ると思うけど、瑞希を訪ねるように伝えておく」
「じゃあ、名刺を何枚か渡しとくね」

 横取り君の存在を察したらしく、伸也は「瑞希を訪ねるように」という部分を少し強調して言った。それが聞こえたのかどうかは分からないが、伸也が帰る際の見送りには吉崎店長が率先して出たがり、店舗入口どころかショッピングモールの入口まで付いていったらしい。

 午前中に一日の売上目標を達成したことで、早めの休憩を恵美と二人揃って取らせてもらえ、ショッピングモールの社員食堂で瑞希はお弁当を広げていた。まだ昼前だから食堂を利用している人は少なく、厨房で調理する音がよく耳に入ってくる。

「さっきの安達社長ってさ、拓也君のお父さんでしょう?」
「え?」

 急に指摘され、飲み込みかけてたご飯が焦って変なところに入ってしまう。咳込む瑞希の背をトントンと叩きながら、恵美はやっぱりねと呟く。本日の日替わり定食になっていたアジフライを割り箸で軽くつつきながら、瑞希の顔を揶揄うように覗いて来る。

「イケメンの遺伝子って怖いねー。そっくりだったし」
「そ、そんなにかな?」
「いやー、最初この人なんか見たことあるなぁって思ってて、接客しながらチラチラ観察してたら気付いたのよね。拓也君じゃんって」

 いつ拓也本人の耳に入ってしまうかも分からないので、これまで瑞希は伸也と連絡が途絶えてしまって一人きりで子供を産んだことも、実家から縁を切られて苗字まで変わってしまったことも、誰にも話したことはなかった。勿論、職場で一番の仲良しである恵美にも。
 おそらく周りの人達はみな、瑞希のことは単に結婚離婚を経験したシングルマザーで、相手が行方不明になった末の未婚の母だとは思っていないはずだ。

「婚約者候補って言ってたから、復縁を迫られてるとか? ってか、安達社長って瑞希の元旦那ってこと?」

 今日の恵美はやけに鋭くて、少し怖いくらいだ。認知届と婚姻届を渡されたばかりなんて、口が裂けても言えない。

 ――復縁って、そもそも私達って、いつ別れたことになるんだろう?