張り切ってカウンターを出て行く恵美の様子から、若いイケメン客でも来たのだろう。どれどれ、と瑞希は書き終わったばかりの送り状から顔を上げた。

「あ、伸也」

 恵美が積極的に話しかけに出た客は、昨夜とはまた違う黒色のスリーピース姿の元彼、安達伸也だった。仕事の途中なのだろうか光沢のある青のネクタイを締め、恵美に示されて瑞希のことに気付いたらしく、早足でカウンターへと歩み寄ってきた。

「おはよう。瑞希」

 ニコニコと人懐っこい笑顔を振りまきながら、瑞希の前の椅子を引いて当たり前のように腰掛ける。2年もの間一切の連絡もなかった元彼が、昨日に続いて二日連続で瑞希の目の前に現れた。思わず動揺してしまうのは無理もないだろう。何なら、昨日の出来事はただの夢だったのかも思えてきて、昨晩に彼が持ち込んで来た資料を朝一で再確認してしまったくらいだ。
 だから、目をぱちくりさせたまま、カウンターの中で椅子から立ち上がるのが精一杯だった。

「えっと……」

 大会社のCEOって、こんな朝からフラフラしてられるものなのかと、昨日聞いた話を端から疑ってしまう。就任したばかりなら、今が一番忙しい時期なんじゃないかと思うのだが……。
 不審がる瑞希に気付いたのか、伸也は少し困ったように笑っている。

「今日は仕事の話と、瑞希からの信頼奪還の為に来た」
「仕事の話?」
「とりあえず、法人名義で新規10台をお願いしたいんだけど」

 「10台口?!」とカウンター後ろで社内PCを触っていた店長が、慌てて立ち上がった気配がした。素知らぬふりをしながら、瑞希達の会話を盗み聞きしていたのがバレバレだ。
 大口の台数もそうだが、法人名義となると売上がまた違う。個人に比べて法人契約は旨味が大きい。それが複数台ともなると、横取り店長の異名を持つ吉崎が飛び付かない訳がない。

 胸ポケットから名刺入れを取り出しながら、瑞希の横に立った吉崎店長が伸也に向かって自分の名刺を差し出す。代われとばかりにグイグイと横から瑞希の椅子を押してきて、降って湧いた大口案件を奪う気満々なのが分かった。