結局、朝まで起きることがなかった拓也を慌ただしく風呂に入れてから、その一日は始まった。そうでなくても時間の余裕のない出勤前に、子供をお風呂に入れるという試練が追加され、瑞希はショップに着く前からドッと疲れた。昨夜のことをゆっくり考える時間なんて、全くと言っていいくらいに無かった。

 今日こそ朝礼に遅刻するかもと焦り、保育園からの道のりの半分は立ち漕ぎで自転車を飛ばした。汗だくで漕いでいる瑞希の横を、涼しい顔をして追い越していく電動アシスト付き自転車のサラリーマンには殺意すら覚えた。

 ただのノーマルなママチャリでさえ、子供用の椅子を追加したりヘルメットを用意したりと結構な金額を支払ったと思う。まして電動アシスト付きなんて、高すぎて売り場すら見て回った記憶もない。世の中、少しでも楽しようと思うと余計にお金がかかるのだ。なんて、シビアな世界だ。

 今日もギリギリで出勤してきた瑞希のことを、若きイケメン店長はじろりと冷たい視線で出迎えてくれた。今月の実績表を挟んだバインダーを片手に、スマホで時間を確認してからスタッフに招集をかける。毎朝、9時半きっかり秒単位で開始される朝礼は、今日もたいした内容もなく前日の売上金額を読み上げていくだけで終わった。

「それでは、本日もよろしくお願いします」
「「よろしくお願いします」」

 締めの挨拶後、各々の作業に戻る。よろしくと言っていたくせに、店長率いる数名は喫煙室に一直線なのはいつもの事。掃除も開店準備もする素振りすら見せない。そんなすぐに休憩が必要になるような朝礼じゃなかっただろうにと、恵美の毒舌は今朝も炸裂している。

 しばらくするとショッピングモール内に開店を知らせる放送が流れ、やたら爽やかな音楽が鳴り響く。遠くの方で来客の騒めきが聞こえているが、モールの隅っこの店舗に人通りが出来るまではタイムラグがある。瑞希は昨日の閉店間際にまとめておいた修理機を梱包し、配送業者が来た時にすぐに出せるようにと送り状を書き始めた。接客業とは言っても、意外と事務作業の方が多い。

「いらっしゃいませー」

 隣のカウンターに座る恵美が、一番乗りした来客に声を掛ける。混み合っている時に使う発券機も平日は全く使われることがない。手の空いている者から対応していくのがこの店舗でのやり方だった。

「私、行ってくるね」
「うん、お願い」