そこから電車に揺られて、私の住む寮のある東中野駅へ。

駅から歩いて15分ほど距離のあるその寮は、正直駅徒歩5分で到着していた紫苑のマンションに比べると立地はかなり悪い。

それでもさすがは賃貸営業マンなだけあって、彼は文句のひとつも言うことなく、涼しい顔でサクサクと隣を歩いて行く。その横顔は変わらず美しい。


「あ、私の寮のアパート、ここ、です」

「……古」

「あはは、だよねぇ……」


想像通りのリアクションに苦笑し、つられるように今更ながら向かいの築40年アパートを直視する。

都内の寮って聞くと、築浅で綺麗で設備が良くて、それなのに家賃は相場の半分くらい安くて、良いこと尽くめ!って感じのイメージだと思うんだけど、私の会社(もう辞めたけど)に限ってはそうはいかなかったみたいで。


多分だけど、背伸びして土地の高い市ヶ谷なんかにずっとオフィスを構えてるから他のところで節約せざるを得なかったらしい。

まあお風呂もキッチンもあるし、洗濯だって家の中でできるんだし、全然いいんだけどね……。家賃は安くしてもらえてたし。


歩くたびに軋む音のする錆びた外階段を上がり、私の部屋――203号室のドアの鍵穴に鍵を差し込む。

ガチャリと解錠して中に彼を招き入れると、何とも言えない表情をして室内を見渡した紫苑に、「何か……?」大体想像はついていたけど、訊かないわけにもいかずに問いかけた。


「いや、思ったよりも中は綺麗なんだと思って。さすがにリノベはしてんだな」

「あ、うん。なんだ、てっきり中も古いとか汚いとか思われてるのかと」

「まあ古いとは思うけど。掃除好きを豪語してただけはあって、ちゃんと片付けされてんじゃん。正直意外だったから驚いた」


褒められてるのか貶されてるのかわからないけど、爽やかな笑顔を向けられると何も言えなくなる。

掃除だけは毎日欠かさずこなしてきて良かったと、今日ほど過去の自分を称えたことはない。


「ま、まあね。他に趣味とかもなかったし、掃除くらいは……」

「整理整頓できない人間ってろくに仕事もできねぇし、俺は綺麗好きなのはすごく大事なことだと思うけど」

「あ、ありがとう……」


な、なんだかくすぐったい。

こうやって手放しに褒められることってなかったし、こんな風に素直に他人を認める言動もするんだなと、変な感じがする。(失礼すぎる)


「お邪魔します」そう言って部屋に入った彼は、育ちの良さか仕事のクセか、ちゃんと振り返って自分の靴を並べ直してる。

この人の部屋も無駄なものがなかったし塵ひとつ落ちてなかったし、きっと私以上に几帳面な性格なんだと思う。


それはそれでちょっと……複雑なんだけどさ。