「――そういうわけで、今年中、できれば早めに荷物をまとめて、社員寮を出てもらいたいんだが」



それは遡ること3週間前。


突然、上司から会議室に呼び出された私は、告げられたその真実があまりに突拍子がなさ過ぎて、まさに青天の霹靂という状態に他ならなかった。



「会社の買収、ですか……」

「ああ。既に知っているだろうが、当社の業績は芳しくない。ずっと赤字続きでいつ倒産かと常に危惧していた状況だったが、ここにきて、風向きが変わった」


“風向き”


いまだ契約社員とはいえ、来年度の登用を期待させられた直属の部下に向けて、今このタイミングで放つ言葉としては、なんとも配慮がないように思えた。



「昨今、業界シェア3位まで上り詰めている上場企業A社に、当社の事業が丸々買収されることになったからですか?」

「ああ。これまで業績の悪化によるコスト削減で打開を図るための予算も下りずろくな施策も打てなかったが……。A社の傘下となればそれも変わる。うちの名前はなくなることになるが、大半の社員もこのまままとめて継続雇用してくれるという話だし、上にしてみれば、正に渡りに船だ」


今度は、“渡りに船”。

このボンクラ上司、どこまで他人を軽んじてものを言えば気が済むのだろうか。



心の中で深くため息を吐いた私は、「そうですか、それで私が」表情を変えず、あくまで平静を装った調子で答える。



「ああ。悪いがいくら先方が急成長を遂げている黒字企業とはいえ、さすがにわが社の全社員を迎え入れるほどの懐はない。そうなってくると、君には申し訳ないが……どうしても、正規雇用の社員を優先せざるを得なくなってくる」


要するに、私は近い未来、本当にもうすぐそこまで迫っている未来で、敢え無くクビを言い渡されたしがない低級社員、というわけなのだ。