まさに眼福と呼んで過言ではない目先の美形が怪しく微笑し、私は言葉を詰まらせた。


い、いやいやいや!流されるな!!

絶対裏がある。絶対、絶対だ。

タダより高いものはないっていうじゃんか!!


私の脳内で、警戒心をむき出しにした天使の声が響き渡る。

“危ないよ、危なすぎる、騙されるな”――そう口酸っぱく言っている。



「で、でも!どうせ後からこれまでの生活費まとめて払えとか言ってきたりするんでしょ!?」

「は?何度も言わせんな。都心の一等地にあるタワマン50階の生活費が、お前みたいな最底辺の貧乏人に支払える額なわけねぇだろ。現実的に不可能な条件を求めたりしねぇよ。お前と違って馬鹿じゃねぇからな」

「……」



なんだろう。なんでだろう。

内容自体は有難い話のはずなのに、ものすごーーーく癇に障る言い方をされている気がする。


不信感がますます大きくなっていき、私は口を真一文字に結びつつも、彼を一層強く睨みつけた。

そんな私を見て、やれやれとため息を吐く逢崎さんは、億劫そうな面持ちで補足する。


「そもそもお前に悩む余裕なんてあんの?この話に乗らなかったら、あと3日で社員寮を追い出された後どこに逃げ込むつもりだよ。家具やら家電やらは全て一人で売り払うのか?」

「そ、それは……」


彼に忠告されなくたってわかっている。実家以外に行く当てなどない私には、この機会を逃せばもう残る道はないに等しい。

一時的に家の荷物だけでも実家に送る?短期間だけと約束して父さんに滞在を許してもらう?


――嫌だ。

滅多に我儘を口にしなかった母さんの唯一の理想を叶えた自慢のマイホームを、何処の馬の骨とも知れない他所の女が我が物顔で闊歩している様なんて見たくないし、それを良しとして絆されている父親の姿も視界に入れたくない。


そんな汚された我が家に、一歩たりとも足を踏み入れたくなんてない。



「……でも、あなたにとってのメリットが何一つないと思う。昨日今日会ったばかりの得体の知れないどこぞの女を自分のテリトリーに好き好んで招き入れて生活の面倒も見るなんてどうかしてる」

「ま、そうだな。そりゃあ警戒しない方がおかしいし、こんなうますぎる話に二つ返事で飛び込んでくる女の方が俺も御免だね」


偽りなく心情を漏らした私に、逢崎さんは満足そうな顔で、ニヤリと口角を上げて微笑む。

この人は一体なにを考えているのか、それがまるで読めなくて、私はただ無言を返した。