美しすぎる彼のお顔立ちが露骨に歪んだかと思えば、隣にやって来たその人は、片手に何枚もの物件の資料を抱えたまま、机を挟んだ私にぐっと顔を近づける。


「お客さんすみませんね!こいつは昔っからこう、お客さん――特に若くて綺麗なお姉さんとの距離が近くって」

「おいやめろ相原(あいばら)。それこそセクハラで訴えられる」


私に顔を寄せた同僚の頭を鷲掴みにして、強引に自身の側へ引き寄せる逢崎さんの顔は、さっきまでの美の骨頂みたいな微笑みとは打って変わってかなり険しい。


「お前接客中だろ。さっさと戻れ」

「やー、お客さん、緊急の電話だとかで今席離れてんだよ」

「知るかよ。いいからさっさと戻れ。育休明け待たずに店長に言いつけるぞ」

「ちえ。お前ばっかりこんな可愛くて綺麗なお姉さん相手してズルいぜ」


ぼそぼそと小声で耳打ちし合っているけれど、私、こう見えても目と耳の良さだけは昔からかなり自信がありまして。

その会話のほとんどが、一音も漏らすことなく確実に私の耳まで届いてしまっている。


そんなことを知ってか知らずか、横やりを入れて来た同僚を追い払うように奥へ押し込むと、何事もなかったかのように咳払いをして私の向かいに戻ってきた逢崎さん。


「失礼しました!いやぁごめんなさいね?俺の同期なんだけど、君みたいに可愛い女性のお客さんに目がなくて――ってやべ。これセクハラか。すみません、今のなしで♪」


堅苦しい言葉遣いをしたのは名前を名乗ったときくらいで、それ以降は客相手にもどこか砕けた調子で接客を行う逢崎さんだけど、なぜだかそこに不快感は感じられない。

これこそ真のイケメンのなせる技なのか。


私は「いえいえ」そうわずかに笑い返して、先ほど問われていた質問に答えるため、ぎこちなく口を開く。


「実はその、とある事情で会社を退職することになってしまいまして……社員寮に住んでいたのですが、頼みの綱であった実家への転居も儘ならなくなり……ちょいと途方に暮れておりまして……」


自分の置かれた状況を言語化しながらその悲惨さを痛感してしまい、私は居た堪れなくなって目線を下げた。