「それに、きっとあなたも辛いと思うわ。伸司(しんじ)さん、本当にわたしのことを深く愛してくれているのよ。この間なんて、簡単なお料理をしているだけでも心配して止められちゃうし……。ああでも、年齢のわりにそういう欲はまだまだ旺盛みたいでね……」



――気持ちが悪い。


父親の名前である伸司という名を強調し、わざとなのか、お上品に口元に手を添えて笑う篤子さんの発する言葉を遮るように――


「わかりました。大丈夫です。行くあてならありますし、雇用保険も下りるので心配いりません」

「あらそう?それなら良かったわ」


私は使っていた箸を箸置きに置いて、空になった食器を前に席を立った。



「すみません、ちょっと所用を思い出したのでこれで失礼して大丈夫ですか?お金は置いていきますので」

「まぁ!いいのよお金なんて。今日は愛する伸司さんの娘さんであるあなたに初めてお会いできた記念すべき日なのだから、ここは私たちにご馳走させてちょうだい?

――ああ、そうそう。これもあなたにお返ししておくわね。引越し費用にでも使って?」


置きっぱなしにしていた父さんのカバンに勝手に手を伸ばし、角形7号サイズの茶封筒を取り出した彼女は、それを「どうぞ」そう言って向かいの私に差し出して来た。


怪訝に思いつつ封筒から中のものを取り出すと、そこには私名義の通帳とキャッシュカードが1点ずつ入れられており。


「わたしね、生まれて来るこの子のためにも、自分のお金はあまり使うことができなくて、伸司さんがまだ手を付けていなかった分しか入っていないのだけど」

「ど、どうして――」

「もう伸司さんから手を引いてもらいたいからよ。いつまでも大の大人が娘の世話になっているようじゃみっともないでしょう?でも大丈夫よ?これからは私がちゃんと伸司さんを支えていくから」


篤子さんから受け取った通帳の預金残高は凡そ50万。

それは今年に入ってから父へ送金した仕送り分の相当額に等しかった。


私名義のこの口座は、きっと生前に母さんが私のために遺してくれていたものだが、私の仕送りだけでは到底足りなかったのか、そのほとんどがすでに引き落とされている状態だった。

結局父さんは、あの後も変わらず、母さんの力に頼り切りだったわけね……。