え……。
声にこそならなかったものの、ぽかんとわずかに開いた私の口が、恐らくその感情を表現していたのだろう。
篤子さんは、くすりと怪しく微笑んで、空になったお猪口に、日本酒の代わりのお水を注ぎ足す。
妊娠中とあってお酒は飲めないはずなのに、なぜお猪口を2つもらったのか。
最初は疑問に思ったが、それは単純に、お酒は飲めなくとも父さんと同じ酒器で同じような色のものを傍で楽しみたいという、半ば愛執とも呼べる彼女のこだわりによるものだったらしい。
普通のグラスもあるというのに、わざわざ注ぎ替えているのだからよっぽどだ。
「ほら、わかるでしょう?わたし、妊娠しているの。この意味ってわかる?」
「……は、はい」
父さんのいない席で交わされたその言葉は、実の娘の私からすれば、ひどく居心地が悪くなるような、あまり想像に駆られたくない響きのものだった。
「わたしたち、子供が生まれるのよ。来年の春には家族が増えるの。そんな、家族水入らずのその空間を、出来れば他の人に邪魔して欲しくないのよ。この子が伸び伸び生き生きと暮らしていくためにもね」
母さんが父さんにマイホームが欲しい、と理想を語ったときと同じようなその言葉は、明らかに当時のそれとは意味を画していた。
ああ、この人は。
そうか。この人は、そういう人なんだ。
やはり直感とか、人相とか、そういうのって、当たることが多いらしい。
今私の目の前に座っている身重のこの女性にとって、私は“家族”でも“愛する人の娘”でも“息子の姉”でもなくて。
ただの――“邪魔者”だったんだ。