「とにかく、今晩予定はないんだな?それじゃ、夜7時に新宿駅東口から3分の――」


以降の父の言葉は、正直ほとんどちゃんと聞こえていなかった。


「――LIMEで送って」

「……わかった。では、また後で」


私は父の言葉を遮って、後の会話を強制的に終了させた。

しばらく呆然とその場に佇んで、やけに静かすぎる自身の心音に気付き、逆に冷静になる。


数分後に届いた父親からのメッセージには、お店の場所と住所、時間が記されていて、最後には――“遅刻するなよ”こんな時でも私への気遣いなど微塵も感じさせない無配慮な言葉が綴られていた。


本当に、勝手な人だ。

そもそも私と父は、昔からあまり折り合いが良くなかった。


そんなぎこちない親子の間を取り持ってくれていたのが、母さんだった。

母さんは穏やかな人で、いつも笑顔を絶やさなくて、毎日遅くまで仕事に明け暮れるやや強面の父を、常に傍で優しく支えていた。


仕事人間だった父がマイホームを買ったのは、母が望んだからだった。

一人娘の私を、のびのびと自由に、愛情深く育てていきたいと、そう望んだから。


父はそんな母を誰よりも愛していて、亡くなる直前までその想いに焦がれていた。


母は病死だった。

死因は肺がんで、気付いた時にすでに末期で、助からないと言われていた。


母の発症を機に、父はそれまで長年吸い続けていた煙草を完全に断った。

自分のせいだったかもしれないと嘆く父に、母は入院中、いつも笑って言っていた。


大丈夫、あなたのせいじゃない。そう言って、病室を訪れる父を常に励まし続けていた。