「うわっ、こんなお寿司初めて見た!もはやシャリが全く見えない。新鮮で分厚いネタが輝いて見える。神々しいまでの輝き!」

銀座の一等地に暖簾を掲げたカウンターだけの小さなお店に入ると、四十代くらいのいかにも職人といった雰囲気の大将が一人で切り盛りしていた。

目の前で握ってくれる大きなネタのお寿司に、卓は目を輝かせる。

「富樫、食べる前から盛り上がり過ぎ。ほら、早く食べな」
「はい!いただきます!って、これどうやって食べればいいですか?高級お寿司の食べ方ってあるんですか?」
「別にないよ。気にせず美味しく食べればいい」

成瀬の言葉に、それでは遠慮なく、と卓は早速ひと口で頬張る。

「んー、美味しい!あっという間にとろけましたよ。トロだけに」
「富樫、それだけはやめろ。せっかくの美味しさが台無しになる。大いなるマナー違反だ」

真剣に釘を刺す成瀬に、大将が真顔のまま話しかける。

「成瀬様、今夜はまた楽しいご友人をお連れですね」
「いえ。寒いギャグをすみません」
「とんでもない。喜んでいただけて何よりです」

そして大将は美怜に声をかけた。

「お口に合いますか?」
「はい、とても美味しいです。ネタはもちろんですが、シャリもお酢の酸味と甘みがちょうど良くて」
「ありがとうございます。辛さは大丈夫ですか?なみだ抜きで握りましょうか?」
「いいえ、大丈夫です。むらさきをもう少しいただけますか?」
「承知しました。お酒はいかがですか?」
「上司に運転してもらう身ですから、今夜はあがりでお願いします」
「かしこまりました」

小声でやり取りする二人の横で、卓は成瀬とひたすら舌鼓を打ちながら美味しい!と感激している。

大将は美怜の前にお茶を置くと、またもや小声で話しかける。

「お客様、とても所作が上品ですね」
「え?いえ、そんな」
「ここには名家のご婦人も多くいらっしゃいますが、これほど綺麗な召し上がり方をされるお客様は初めてです」
「とんでもない。祖母が昔ながらのしつけに厳しい人で、それが染みついてしまっただけなんです。ひとり暮らしの部屋では、それはもうだらしない食べ方をしています」
「そうなんですか?想像つきませんが」
「とてもお見せできるものではありません。今は猫をかぶって、どころか、狐に化けて、澄ました顔でいただいております」

あはは!と大将は楽しそうに笑う。

美怜も大将との会話を楽しみながら、美味しいお寿司を堪能した。

「この赤だしも本当に美味しいです。一年の最後にこんなに贅沢をさせていただけるなんて。ありがとうございました」
「こちらこそ。美しい所作で召し上がっていただき、寿司職人として大変光栄です。ありがとうございました」