「赤みはないし、もう平気かな?」
「はい、大丈夫です。ありがとうございました」
「ん。じゃあ、ちょっとメエメエ借りるよ」

成瀬は、え?と戸惑う美怜からメエメエを取り上げるとキッチンへ行き、お湯を入れて戻って来た。

「おお、確かに温かくていいね。はい、メエメエ」
「すみません、こんなことまでしていただいて。ありがとうございます」
「どういたしまして」

胸にメエメエを抱える美怜を見て、ふと思い出したように成瀬は切り出す。

「誕生日おめでとう。ごめん、知らなくて何もお祝いできずに」
「いえいえ!まさかそんな」

美怜は慌てて右手を振った。

「何日だったの?誕生日」
「二十日です。二十五歳になりました」
「そう、おめでとう。遅くなったけど、何かお祝いの品を贈らせてもらうよ」
「いえ、とんでもない!それに私、本部長から見たらものすごく幼いですよね?お祝いの品なんて、本部長に選んでいただくには値しません」

は?と成瀬は思い切り怪訝そうな声を出す。

「何それ。俺がお祝いを選ぶのに値しない?何を訳が分からないこと言ってるの?」
「ですから、私と本部長では生活レベルが違い過ぎるんです。あと、精神年齢と言うか、まあ、実年齢もですけど。とにかく別次元の方なんです。そんな本部長が私にお祝いの品なんて。私には絶対ふさわしくないです」

成瀬は見た目にもムッと不機嫌になった。

「聞き捨てならない。なぜそんなことを思うの?確かに君と俺とは九歳も違う。俺の感覚では若い君が喜んでくれそうなプレゼントは見当がつかないけど、それでも何かを贈りたい。それをそんなふうに拒絶されると悲しくなる。君の誕生日をお祝いしたいって気持ちも迷惑なの?」
「ち、違います!そんな意図では全くありません」
「じゃあ、どういう意味?」
「あの、本部長。秘書の方から高級ブランドのクリスマスプレゼントを贈られたでしょう?その時思ったんです。本部長はあの方のように大人同士のおつき合いをされる方だって。私なんか、たとえ仕事でも本部長の隣に立つのもおこがましいなって。ですから私のことなんてお見捨ておきください」

シン…と静けさが広がる。

成瀬の表情がどんどん硬く暗くなっていくのが分かり、美怜は戸惑った。

「あの、本部長?私、何か失礼なことを?」

恐る恐る尋ねると、じっとうつむいたままだった成瀬がようやく顔を上げた。

「こんなに傷つくとは思わなかった。俺は君の仕事ぶりを認め、ずっと頼りにしてきた。大きな仕事に一緒に挑み、今も完璧にこなしてくれている君は、俺にとって欠かせない存在だと思っていた。でも君は違ったんだね。こんなにもはっきりと拒絶されて、大きな壁を作られて、俺は…」

そこまで言うと何かをこらえるようにキュッと眉根を寄せる。

「ごめん、夜遅くに。お大事にして」

美怜の顔も見ずに立ち上がった成瀬に、思わず「本部長!」と手を伸ばして呼び止める。

その時、ソファの端に置いておいた美怜のカバンが床に落ち、中から四角い箱が滑り出た。

綺麗にラッピングされたその箱は、リボンに手書きのカードが挟んである。

『 成瀬本部長へ

Merry Xmas!
いつもありがとうございます。
素敵なクリスマスを…

             結城 』

ちらりとカードに目を落とした成瀬は、ますます辛そうな顔になり、気持ちを振り切るように背を向けて部屋を出て行った。