その時、エレベーターが到着して男性がこちらに歩いて来るのが見え、成瀬は思わず美怜の肩を抱いて玄関に入り、ドアを閉めた。

「本部長?あの…」
「すまん。男の人がこっちに歩いて来てね。君の姿を見られたらいけないから」

その言葉に、美怜はハッとして己の格好を確かめた。

(そうだ!私、パジャマ姿だった!)

しかも胸にはメエメエを抱いている。

(こ、こんなの、お子ちゃま感丸出し…)

ガーン…と打ちのめされていると、成瀬が、ん?と首をひねった。

「君、髪まだ乾かしてないの?」
「あ、はい!すみません。先にお湯を沸かそうと思って…。あ!いけない、ガスコンロ!」

美怜はパタパタとキッチンに戻り、シューシューと蒸気を上げているケトルの火を急いで消す。

注ぎ口から熱湯が吹きこぼれていて、美怜はコンロから下ろそうとケトルの持ち手を握った。

「熱っ!」

キンキンに熱くなっている持ち手に驚いて、美怜は弾かれたように手を引っ込める。

「大丈夫か?!」

靴を脱いだ成瀬が駆け寄ってきて、美怜の手を掴んだ。

「ちょっと貸して」

そのまま手を引き寄せると、キッチンの流水で美怜の手を冷やす。

真剣な表情でじっと手を握ったままの成瀬にドキドキして、美怜は思わず左手のメエメエをきつく抱きしめた。

「これくらいでいいかな。痛みはない?」
「はい、大丈夫です」
「保冷剤はある?」
「あ、フリーザーに」

成瀬はフリーザーを開けると小さな保冷剤を取り出し、自分のハンカチに包んで美怜の手に握らせた。

「ソファに座って。もうしばらくこうしてて」
「はい、すみません」

美怜がソファに腰を下ろすと、成瀬は顔を上げて部屋の横のドアに目を向ける。

「ドライヤーはある?」
「洗面所にあります」
「ちょっと失礼していい?」

成瀬は立ち上がるとドアを開け、洗面台の横に掛けてあったドライヤーを手にして戻って来た。

ソファの横のコンセントに差し込むと、スイッチを入れて美怜の髪を乾かし始める。

「えええ?!あの、本部長!」

ブオーというドライヤーの音に負けじと、美怜は声を上げた。

「ん?何か言った?」
「あの!本部長にこんなことをさせる訳には…」
「このままだと風邪引くでしょ。それとそんなに大きな声出すと隣の人に聞こえるよ」
「あ…、はい」

美怜はおとなしくされるがままになる。

気がつくとまたしてもメエメエを胸にしっかりと抱きしめていた。

(本部長、本当に保護者の気分なんだろうな。私のこと、高校生どころか中学生みたいに思ってるのかも)

いや、ふわふわパジャマにメエメエとくれば、下手したら幼稚園児かもしれない。

(せめて大人っぽいシルクのパジャマなら良かったのに。もしくはナイトガウンとか?今度買いに行こうかな。って、いやいや。もう次はないから)

美怜は思わず首を振りそうになってこらえた。

あらかた乾くと、成瀬は指で優しく美怜の髪を梳く。

サラサラと髪が落ちてくる感覚に、こそばゆさと気持ち良さが入り混じり、思わず美怜はうつむいた。

「君の髪、すごく細くて綺麗だな。触ってるとなんか…、気持ち良くて癖になる」

成瀬の呟きがドライヤーの音で聞き取れず、え?と美怜は聞き返す。

すると成瀬が「これくらいでいい?」とドライヤーのスイッチをオフにした。

「はい!ありがとうございます。すみません、お手を煩わせてしまって」
「いいから。もう一度手を見せて」

美怜の右手に視線を落とした成瀬は、ふいに「この子がメエメエ?」と尋ねる。

「ええ?!ど、どうしてご存知なんですか?」
「いや、ちょっとね。毎日一緒に寝てるんだろう?」
「そそそ、そうですけど。え、本部長。夜の私をご存知で?」
「ぶっ!言い方!知らないよ。けど富樫が誕生日プレゼントに贈ったぬいぐるみなんだろう?二人の会話が聞こえてきたんだ」
「あ、そうだったんですか。ちなみにぬいぐるみではなく、湯たんぽなんです。だから毎晩一緒に寝ていて」
「湯たんぽ?あ、それでお湯を沸かしてたのか」
「そうなんです」

なるほど、と納得すると成瀬は美怜の右手を取った。

保冷剤を外して包んでいたハンカチをポケットにしまい、じっと美怜の手のひらに目を落とす。