「ちょっとベッドに横になって」
「は、はいー?」
「いいから、ほら」

成瀬は美怜の腕を取って立たせると、ベッドへと連れて行く。

「ちょちょちょっと!待ってください。私、成り行きとか、その場の雰囲気に流されてやっちゃうタイプではないんです」
「ぶっ!やっちゃうとか言うな!なんて露骨な…」

ブツブツ呟くと成瀬は美怜をベッドに座らせ、そのまま後ろに押し倒した。

「ぎゃー!だから、私、そういうんじゃないんです!」
「何を期待してるのか知らないけど、俺だってそういうんじゃないよ」
「じゃ、じゃあなんでこんなことに?」

真上に迫る整った成瀬の顔を見上げて、美怜は自分を抱きしめながら身をよじる。

「君がボクサーみたいになったからだよ。ほら、目を閉じて」
「ええー?やっぱりやろうとしてるんじゃないですか!」
「想像力たくまし過ぎ!やらないよ。ほら、目を閉じる!」
「や、やられるー!」
「やらないってば!」

詰め寄られて思わず固く目を閉じると、急に目元が冷たくなって、ひゃっ!と身をすくめる。

どうやら氷水に浸したタオルを、目の上に載せられたようだった。

「しばらくこのままじっとしてて。腫れが引くまで冷やすから」
「はい。はあ、気持ちいい…」
「…なんかちょっと、意味深なセリフだな。あんなに嫌がってたのに」
「は?ちょっ、違いますよ!普通に目元が冷えて気持ちいいだけです!」
「分かってるってば。まったく…。君と俺は、高校生と教師ほど歳が離れてるだろ?手を出す訳ないよ」
「え、そうなんですか?何歳違うんですか?」
「俺は三十三。君は確か、二十四だろ?」
「そうです。よく覚えてらっしゃいますね」
「元営業マンの記憶力をなめんなって。とにかく、俺と君とは世代が違う。君はちゃんとお似合いの人に大切にしてもらいなさい」

そう言うと成瀬は、また美怜の頭をポンとなでる。

「教師と生徒というより、お父さん?」
「おいこら。さすがにそこまで離れてない」
「ち、違います!年齢じゃなくて扱われ方が、なんだか子どもに見られてるみたいで」
「それはそうだろう。あんなにエグエグ泣いてりゃ、どう見ても子どもに見える」
「ひどい!そんな、エグエグなんて」
「じゃあなんでこんなに目が腫れたんだ?」
「うっ、それは…」

だろ?と言って、成瀬は美怜の頭をクシャッとなでた。

「そろそろいいか。どれ?目、開けてみて」

そう言ってタオルを取ると、真上から美怜の顔を覗き込む。

目を開けた美怜は、成瀬に間近で見つめられ、思わずドキッとして息を呑んだ。

「ん、だいぶ腫れも引いたな。じゃあそろそろ帰ろう。車で送るよ」
「あ、はい」

成瀬に腕を取られて美怜は身体を起こす。

「ちょっと待ってて。今、支度するから」

そう言って成瀬は、開いたままだったパソコンを閉じ、ハンガーに掛けていたジャケットに腕を通す。

その様子をさりげなく目で追いながら、美怜はドキドキする胸に手を当てて気持ちを落ち着かせていた。

「じゃあ行こうか」
「はい」

美怜は目を伏せて成瀬のあとをついていく。

今までは成瀬に対して失礼のないようにと緊張していたが、今はまた別の緊張感に包まれていた。