そう思いながら必死でこらえていると、結城さん、とまた名前を呼ばれた。

「はい」

顔を上げると、成瀬は優しく笑いかけてきた。

「我慢しないで、ちゃんと泣きなさい」
「え…?」
「あれからずっと泣くのを我慢してたんだろ?だからこんなにもこじらせたんだ。どうってことない事だったのに、時間が経って大げさになってしまった。結城さん、俺はね、あの日君が俺の名前を呼んで笑いかけてくれたのが、嬉しかったんだ。君とのおしゃべりが本当に楽しかった。それが俺の本音だ。君は?」

美怜の目からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちる。

「私、私は…」
「うん、なに?」
「私も楽しかったんです。ミュージアムのことを褒めてもらって嬉しくて。熱いラザニアを笑いながら食べて、お名前を教えてもらって…。あなたは雲の上の方なのに、あの時は知らなくて。気さくに話してくださるから、私もただ楽しくて、だから…」

美怜はこらえ切れずにしゃくり上げた。

「ひっく、うぐ…。だから、あの楽しかったランチが大失態だったと分かって…。ううう…。これからは、楽しかったなって思い出すのもいけないんだって。私の中では戒めの出来事になったのが悲しくて。うぐぐ…。でもそれは、自業自得だから」

嗚咽をもらしながら子どものように泣きじゃくる美怜を、成瀬は優しく見守る。

「それで?もう全部言い尽くした?」
「まだでず!えっど、だがら…」
「すごい鼻声だな」
「ずみまぜん。あの、わだじ」
「なんか、おばあちゃんの訛りみたいだな」
「そんな!ひっく…、わだじ、まだにずうよんで…」
「うん?なんだって?マジで聞き取れない」
「だがら、わだじ…、あれ?なんだっげ?」

あはは!と、成瀬は声を上げて笑い出す。

「やっぱり君、面白いよ。うん」
「なにがでずが?ごんなに、うぐぐ、ないでるのに」
「そうだね、ごめん」

成瀬は立ち上がると、美怜の隣に座り直してポンポンと頭をなでる。

その大きな手に安心して、美怜はふうと大きく息を吐いた。

「スッキリした?もう言い残したことはない?」
「はい。何が言いたかったのか、思い出せなくなっちゃいました。きっと大したことではないです」
「そう。なら良かった」

成瀬はローテーブルの上にあったティッシュを何枚か取り、美怜の顔の涙を拭く。

「うーん…。あのさ、目、見えてる?」
「は?どういう意味ですか?」
「だって、ボロ負けしたボクサーみたいに目が腫れてるから」
「ええー?そう言えば、半分くらいしか目が開きません」
「だよな。ちょっと待ってて」

そう言うと成瀬は席を立ち、部屋を出て行く。

どうしたのかと思っていると、しばらくして何かを手にして戻って来たが、目が腫れぼったくてよく見えない。