(ふう、私って何を想像してるのやら)

手でぱたぱたと顔を扇ぎながら、美怜は一人バスルームの鏡の前で気持ちを落ち着かせる。

(なんかこう、フランクな本部長に慣れないわ。キリッとした顔つきでお仕事している時は平気だけど、卓とじゃれ合うみたいな会話をしている本部長は、プライベートが垣間見えちゃう)

またもやホワンと妄想が膨らみ、だめだめ!と首を振って邪念を払う。

(さてと!仕事仕事。えーっと、バスルームと洗面所は…。うーん、なんか物足りないな。スツールとかチェストがあっても良さそう。広さも充分だし)

美怜はカバンから手帳を取り出し、熱心にメモを取り始めた。

一方でようやくベッドから起き上がった成瀬は、靴を履きながら卓に声をかけていた。

「富樫。良かったらこの部屋、このまま結城さんと一緒に泊まったらどうだ?」
「は?冗談はやめてくださいよ。そんなことしたら美怜にひっぱたかれますって」
「え?なんで?」
「なんでって。ええ?!もしかして成瀬さん、俺と美怜がつき合ってると思ってます?」
「うん。って、違うのか?」
「違いますよ、お互いフリーです」
「は?あんなに仲良さそうなのに?しかもお互いフリー?それなのになんでつき合わないんだ?」

質問攻めにされ、卓は眉間にしわを寄せる。

「なんでって、そういう話になったことないからです。俺は入社してから今まで仕事に必死で、誰かとつき合うってこと自体考えられなくて。多分、あいつも同じようなもんだと思います」
「そうなのか。でもそれなら、そろそろ考えてもいい頃なんじゃないか?俺から見るとお似合いだと思うけど。ほら、二人で食事にも行ってたし」
「まあ、気が合うのは確かです。二人で食事も行きますが、どちらかに恋人ができればやめます。そう言えば、美怜言ってたな。俺のことは親友だって。そしたらミュージアムチームの先輩が、異性の親友は成り立たないって持論を主張してましたけどね」

異性の親友は成り立たない…、と成瀬は頭の中で繰り返す。

なかなか興味深い言葉だな、と思っていると、ふいに電話の着信音が鳴り響いた。

「おっと、すみません。会社のスマホに課長からかかってきたみたいで」

そう断ってから、卓は電話に出る。

「はい、富樫です。あ、お疲れ様です。はい、え?…分かりました、これから向かいます。三十分程で着くと思います。はい、それでは後ほど」

そう言って通話を終えると、申し訳なさそうに成瀬に切り出す。

「すみません、別の営業案件で先方と飲みに行くことになりまして」
「そうか、分かった。こっちのことはいいから」
「はい、それでは失礼いたします」
「ああ、お疲れ様。大変だろうけど無理するなよ」
「ありがとうございます」

カバンを持つと、卓は急ぎ足で部屋を出て行った。