「軽く飯食ってから行くか。どこがいい?」
「えっと、あんまりお腹空いてなくて」
「うわ、重症だな。美怜が腹減ってないなんて。よし、ガッツリ牛丼にしよう」
「え?だから、そんなに食べられないかも…」
「テイクアウトにして、そこの公園で食べよう。残したら持って帰ればいい」

そう言うと卓は、会社のすぐ近くにある牛丼屋で牛丼を二つ買い、公園へと向かった。

美怜もおとなしくあとをついて行く。

「はいよ。お茶もあるから」
「ありがとう」

ベンチに座り、牛丼とペットボトルのお茶を受け取る。

「いただきます」

蓋を開けてひと口食べると、美味しさに美怜はまたホッとした。

パクパク食べ始めた美怜に頬を緩めて、卓も自分の牛丼を取り出して食べる。

「なんかのどかだなー」
「ほんとだね」

オフィス街の喧騒が嘘のように、昼間の公園はのんびりとお散歩する老夫婦や、砂場で遊んでいる子ども達がいた。

時間の流れもゆっくりと感じられ、二人は何を話すでもなく牛丼を食べる。

結局ぺろりと完食した美怜に、卓は安心したように微笑んだ。

「なあ、美怜」
「なあに?」
「お前さ、仕事がんばり過ぎかもよ?知らず知らずのうちに気を張り詰めてたんじゃないか?」

やはりさっき、突然泣き出したことを気にしてくれているのだろうと、美怜は自分の気持ちを確かめるように口を開いた。

「仕事は楽しくて、悩みがある訳でも思い詰めてるつもりもなかったんだけど。でも…」
「うん、なに?」
「やっぱり私なんて、まだまだなんだよね。入社して二年ちょっとで、社会人としても色んなことが分かってきたつもりだったけど、まだまだ至らないところがたくさんある。そう思うと少し落ち込んで、がんばらなきゃって気を引き締めてたの。それがさっき卓の顔見た途端、なんだかホッとして気が緩んじゃった」

そっか、と卓は小さく呟く。

「仕事が楽しいなら何よりだ。けどそれなら余計に、上手く息抜きしながらやっていかないと。長く続けたいんだろ?この仕事」
「うん、続けたい」
「だったら手の抜き方も覚えなきゃな」
「え?卓も手を抜くことあるの?」

驚いて顔を上げると、クシャッとした笑顔を向けられる。

「あるさ。ありまくり。だって俺、ミュージアムチームに丸投げするだろ?」
「それは私達を信頼してくれてるからでしょ?」
「もちろんそれもあるけど、要は自分じゃ力不足なんだ。美怜達みたいに、先方を納得させられる案内なんてできないし、勉強して美怜達を追い抜こうって意欲もない。すみませーん、お願いしまーす、みたいな」

そうだったの?と、美怜は目を丸くする。

「なんかちょっと、卓のブラックな一面見ちゃったかも…」
「あはは!俺にどんなイメージ持ってたのか知らないけど、まあ、そんなもんだよ。もちろん将来的には、美怜達と同等の案内ができるようにする。けど、今はしなくていい。自分を俯瞰的に見てそう決めてる。長く無理なく続ける為にな」
「そっか、そうだね。たかが二年で全て分かった気になる方がおかしいよね。私はまだまだひよこなんだ」
「そっ!ピヨピヨのぴよちゃん」
「うん」

その時、ふと美怜は先日のミーティングのことを思い出した。

「ね、ひよこと言えばね。聞いてよー。私、ゲートの不具合を確かめる為に、ちっちゃくなって通れって先輩達に言われてね。よちよちひよこみたいに歩かされたんだよ。そしたらみんな笑い出すしさ」
「へえー、それは俺も見たかった」
「太ももぷるぷる震えるし、私は真剣なのにみんなに笑われてさ」

拗ねたような口調の美怜の話を聞きながら、ようやくいつもの美怜に戻ったと、卓は笑みを浮かべながら相槌を打っていた。