「すごい!大きなシャンデリア」

そこは三十枚の花と鳥が描かれた七宝焼で飾られた『花鳥の間』

主に公式晩餐会が催されるほか、記者会見の場として使用されている。

「あのシャンデリア、中にスピーカーが入ってるんだよ」
「そうなの?」
「ああ。それから、あそこ見て。世界史の授業で古代建築の様式を習っただろう?ドーリア式とイオニア式とコリント式。この角度はその三つの様式を同時に眺めることができるんだ」
「ええ?すごい!」

博識な成瀬のおかげで、美怜はますます興味深く見て回る。

次は条約の調印式、首脳会談などに使われる『彩鸞の間(さいらんのま)』

部屋全体に張り巡らされた金箔のレリーフが美しい。

「美怜、あそこ見て。部屋の上の方にある丸い装飾」
「あの丸いの?とっても綺麗で繊細な模様の装飾ね」
「うん。あれね、通気口だよ」
「そうなの?あんなに美しいのに通気口なんて!」

そして迎賓館で最も格式の高い部屋『朝日の間』
ヨーロッパの宮殿の「謁見の間」に当たる。

緞通(だんつう)という手織りの絨毯には四十七種類の紫の糸が使われており、精巧な桜の模様が美しいグラデーションで描かれている。

壁に飾られている京都西陣製の紋ビロード織・別名「金華山織」も見事だ。

「美怜。あそこの絵、だまし絵なんだよ」
「え、どこが?」
「あの壁面絵画。どの角度から見てもライオンの目が自分の方を向いてるみたいに感じる、トリックアートになってるんだ」
「ええー?!どこからどう見てもライオンと目が合うんだけど?」
「だからそう言ってるでしょ?!」
「あ、そういうことか。あはは!」

眉根を寄せる成瀬を尻目に、美怜は次の部屋へと向かった。

「隼斗さん、見て!『羽衣の間 』よ。ずっとここに来てみたかったの!」
「あ、う、うん」

いきなり名前で呼ばれて、成瀬は面食らう。

(ど、どうしたんだ?急に。いつもは頑なに呼んでくれないのに)

どうやら興奮して、気が高ぶっているらしい。

美怜は目をキラキラさせながら「隼斗さん、早く早く!」と手を引く。

「わあ…、もう完全に外国の宮殿ね。なんて豪華なシャンデリア」

クリスタルガラスを中心に約七千個のパーツを組み合わせたシャンデリアは、高さ約三メートル、重さ約一トンにも及び、迎賓館で最も大きくゴージャスなシャンデリアだ。

赤と白のコントラストが美しいこの部屋は、かつて舞踏室と呼ばれた場所で、部屋の中二階には、舞踏会を催す際に音楽を演奏するオーケストラボックスがある。

フランスのエラール社製のグランドピアノも置かれており、今でもプロによる演奏会が開かれているらしかった。

「美怜、こっちに来てごらん」
「なあに?」
「ほら、ここに立って上を見て」
「え?わあ!すごい、万華鏡!」
「ああ。シャンデリアの万華鏡だ」

真下からシャンデリアを見上げて、美怜はそのまばゆいばかりの輝きに、うっとりと胸に手を当てる。

「素敵…。なんだか涙が滲んできちゃった」

照れたように目尻を拭う美怜を、成瀬は優しく微笑んで見つめていた。