ガラス張りの部屋が並ぶ廊下を、成瀬は懐かしさと新鮮さの入り混じった気持ちで歩く。

ここ『株式会社メゾンテール』は、創業から百年以上が経つ老舗のインテリアメーカーだ。

文明開化のあと西洋の文化に興味を持った創業者が、家具や小物などの貿易商を営むために作った会社だが、様々な時代の流れと共に社名変更や事業拡大を経て、今では国内最大手のメーカーと言われるまでに成長した。

家庭の家具やインテリアはもちろん、有名なオフィスやホテル、マンションの内装などにも多く携わっている。

成瀬は新卒でこの会社に入社し、営業部に配属されて以降六年間、ほぼ毎月営業成績トップの座を守り続けてきた。

二十八歳の時に海外事業部に異動となり、欧米諸国に五つの支社を立ち上げたのち、三十三歳の今年、本社勤務を命じられて帰国したばかりだった。

(社内の雰囲気も随分変わったな。若い社員も多い。俺なんか、もうおじさんの部類なんだろうな)

浦島太郎のような気分で苦笑いし、富樫と名乗った社員に案内されて営業部のオフィスに入る。 

「部長、おはようございます。成瀬本部長をご案内してきました」

声をかけられて顔を上げた部長は、成瀬を一目見るなり破顔した。

「おお!成瀬くん。元気だったか?」
「はい。ご無沙汰しております。部長もお変わりなくお元気そうで」
「いやー、一気に老け込んだよ。君はますます男に磨きがかかったな。たくましくなって」

海外に異動する前の二年間、同じ営業部でお世話になった部長は、五年ぶりの再会を喜び成瀬の肩をポンポンと叩く。

六十歳を過ぎて若干白髪が増えた気がするものの、目を細めた笑顔は当時のままで、成瀬は懐かしくなる。

「もう君が知っている営業メンバーはほとんどいないかな?みんな昇進して、違う部署の課長になってね。でも同じ社内にはいるから、そのうち会えると思うよ。おっと!いけない。君の方が役職が上だったな。気軽に話してしまって申し訳ない、本部長殿」
「とんでもない。私などまだまだ未熟者ですし、本社のことも何も分かっておりません。どうぞこれからもご指導いただければと思います」
「相変わらず律儀だね。では早速執務室に案内するよ。そうそう、前任の本部長からは引き継ぎもまだなんだよね?」
「はい。早速これからご挨拶に伺いたいと思います。前任の本部長は、今はどちらに?役員フロアでしょうか?」

すると部長は、困ったように少し顔をしかめた。

「あー、それがね。入江さん、今は広報部の課長なんだよ」

は?と成瀬は目が点になる。

「本部長だった方が、現在は課長、でいらっしゃるのですか?」

信じられないと思いつつ確かめてみる。

「そうなんだよ。あ、別に降職とかではないよ。入江さんが自らそう望んでね。いい人過ぎるんだよなあ、あの人は」
「はあ…」

本部長の次はおそらく役員の椅子が用意されていたのだろうが、本人がそれを断ったというのだろうか?

(役員を断ったとしても、一体なぜ望んで課長に?)

面識のない人ゆえに、さっぱり理由の見当がつかない。

「まあ、詳しくは直接本人から聞いてみるといいよ。引き継ぎのこともあるし、早速行ってみたら?私から入江さんに連絡しておくよ」
「ありがとうございます。それで、どちらに伺えばよろしいでしょうか?」
「ミュージアムにいるよ。あ、ひょっとして君は初めてかな?四年前に出来たばかりだしね。知ってる?うちの企業ミュージアム。ここから三つ隣の駅から歩いてすぐの所にあるんだ」
「はい。出来たことは存じておりますが、行くのは初めてです。なにせ、帰国したのが五年ぶりですので」

すると部長は、ええ?と驚いて目を見開く。

「君、海外赴任中、一時帰国もしなかったの?」
「はい。忙しさにかまけておりまして」
「おいおい、なんて親不孝な…。これからはちゃんと実家にも顔を出すんだよ?」

自分と同じくらいの年齢の息子がいる部長は、どうやら父親の心境らしい。

成瀬は、はいと頷いてからミュージアムのパンフレットを受け取り、早速向かうことにした。