「いやいや、まさかたった一日でこれだけのデータを集めるとは。何よりも、あのミュージアムの存在意義をすぐに見抜くとは。さすがとしか言いようがないよ、成瀬くん」

資料から顔を上げて、入江は成瀬に目尻を下げる。

「君がすごい逸材だという噂は本当だったな。あのミュージアムを発案した時、それはもう大反対されたよ。娯楽施設を作るのか?何のブームに乗ってるつもりなんだ?なんて言われてね。だが私は社員人生の全てをかけて取り組んだ。他の誰かに任せる気にもなれなくて、自ら課長に名乗り出た。そしてうちのチームのメンバーを一から育てたんだ。どうだい?彼女達。すごいだろう?」
「はい。まさに先鋭部隊という言葉がぴったりかと」
「ああ。もう私にとっては娘も同然だよ。いい子に育ってくれた。自分がこの会社の顔だという責任を背負って、日々切磋琢磨し、常に自分の頭で考えて行動してくれる。ぼんやり定時になるまでやり過ごすなんて仕事の仕方は、あの子達にはまったく当てはまらない。謙虚に己を見つめ直し、最善の方法を考え、チーム一丸となって向上しようと一生懸命だ。あの子達と一緒に仕事ができるなら、本部長の椅子なんていらないと放り出したのさ。課長になったと女房に報告したら、呆れて開いた口が塞がらないようだったけど、あなたらしいわとため息ついて受け入れてくれたよ。あはは!」

楽しそうに笑う入江だが、成瀬はますます胸を熱くさせていた。

「そういう訳で、私の後任に急遽君が招かれたんだ。こんな時期外れに異動なんて、振り回してしまって悪かったね」
「いえ!とんでもない。ですが入江さん。ミュージアムの意義をもっと役員や社員に理解してもらう必要があると思います。入江さんもチームのメンバーも、もっともっと高く評価され、優遇されるべきです。私は今後、その為にあらゆる手段で…」

すると初めて入江が口を挟んだ。

「成瀬くん、それはいらぬお世話だ」
「え…」

冷たく拒否されたような気持ちになり、成瀬は言葉を失う。

「ああ、ごめん。君の気持ちは嬉しいよ。だが私もあの子達も、そんなことは望んでいないんだ。だから本当に気にしないでくれ」
「…はい」
「理解者がいてくれるだけでありがたいよ。よかったら今度、時間がある時にでも我々のミーティングに参加してくれないか?」
「ミーティング、ですか?」
「そう。チーム全員で情報の共有をしたり、お客様への受け答えを統一したり、改善点を話し合ったりしてるんだ。少なくとも週に一回はやってるよ。もし興味があれば、君も顔を出してくれない?」
「はい、ぜひ!よろしくお願いいたします」
「うん。じゃあ、次回の予定をあとでメールしておくね」
「承知いたしました。必ず伺います」

そしてようやく二人は料理に手をつける。

「おお、やっぱり相田さんの言った通りだな。どれも美味しいし身体にも良さそうだ。この歳になると、健康診断の結果にヒヤヒヤしてね。成瀬くんはまだまだ大丈夫だろうけど。ほら、どんどん食べなさい」
「ありがとうございます」

入江は上機嫌で成瀬の前に蒸籠を並べる。

じっくり味わっていると、楽しそうな笑い声が聞こえてきた。

目を向けると、美怜と卓が顔を寄せ合い、手帳か何かを覗き込んで笑っている。

(仲良さそうだな。つき合ってるんだろうな。若いカップルは楽しそうでいい)

そう思っていると、入江も同じく視線をやって目尻を下げた。

「富樫くんもいい子でね。営業部にいるとどうしても先輩達からきつく当たられたり、叱られたりすることもあるだろうけど、いつもにこやかに明るく振る舞ってくれる。彼も我々ミュージアムチームを認めてくれる、数少ない味方の一人なんだよ」
「そうですか」

その時、ひときわ明るい声で卓が何か言い、美怜が拗ねたようにむっと卓を睨む。

だがすぐにまた顔を見合わせて笑い出した。

そんな二人の様子に成瀬はますます、お似合いだな、と微笑ましく見守っていた。