「すごいですね、このホテル。歴史の重みをひしひしと感じます。敷地面積もどれだけ広いのかしら」

ロビーに足を踏み入れると、正面の壁一面の窓から鮮やかな緑の木々が目に飛び込んできた。

「ここは明治時代に、とある政治家が私財を投げうって購入した土地なんだ。この見事な日本庭園は、当時の有名な庭師が施工している。総敷地面積は、確か五万坪だったかな?」

ご、五万?!と美怜は目を丸くする。

「ああ。隅々まで見て回るには数時間じゃ足りない。今日は夜までゆっくりここで過ごそうか」
「はい。お庭もじっくり見てみたいです」
「先に昼食にしてから庭園に行こうか。と言っても、レストランだけでもロビーラウンジやバーも含めて十店舗ある。迷うな」
「そんなにたくさん?!」

昼食は目の前のロビーラウンジで取ることにし、夜は和食の料亭を予約した。

「都心とは思えない程、緑が豊かで落ち着きますね」

ラウンジの窓際の席に着くと、まずは高くて大きな窓から一望できる景色に目を奪われた。

「そうだな。ここは都内のホテルで初めてアフターヌーンティーを取り入れた所らしい」
「そうなんですね!家具もヨーロッパのエレガントな雰囲気でとっても素敵」
「次回はアフターヌーンティーを食べに来ようか」
「はい!」

嬉しそうな美怜の笑顔に、成瀬は頬を緩める。

「美怜といると、ありふれた日常が輝いて見える。自分がいかに心の薄汚れた人間だったかを思い知らされるな」

小さく呟く声は、美怜には聞こえなかったらしい。

ん?と可愛らしく首を傾げている。

「何でもないよ。ほら、メニューは決まった?」
「はい。この長い名前のなんちゃらかんちゃらパニーニプレートにします」

なんちゃらかんちゃら?と美怜の指差す先を見ると、
『チキンブレストのコンフィとチェダーチーズのパニーニ
キャラウェイブレッドとマスカルポーネのディップ レモンのコンフィチュールを添えて
海老と小柱のマリネ マイクロリーフとハーブのミモザ仕立てとご一緒に』
とある。

オーダーを取りに来たスタッフに、そのパニーニとローストビーフサンドイッチ、アイスティーとアイスコーヒーを頼んだ。

「ソファ席もあるから、夜の雰囲気も良さそうですね」
「ああ。庭園がライトアップされて、夜景も綺麗だろうな」
「本部長は、以前にここに来たことあるんですか?」
「何度か企業の懇親会でバンケット棟にだけ行ったことはある。だからずっと気になってて。一度ゆっくり来てみたいと思ってたんだ」

そんな話をしていると、やがて料理が運ばれてきた。

見た目も豪華で美しいパニーニにナイフを入れながら、美怜は時折ちらりと成瀬に目をやる。

伏し目がちにナイフとフォークをスッと使うその姿は、自分よりもはるかに大人で遠い存在に思えた。

(私は本部長の隣にふさわしくないよね、きっと。田舎者でこんな高級なランチもしたことないし)

だいたいこのホテルの雰囲気さえ壊しているかもしれないと心配になってくる。

(一応ドレスコードは大丈夫だと思うけど)

周りに目を向けてみても、セレブなご婦人方や、いかにも仕事ができそうなスーツ姿のおじさまが多い。

浮いてないかな、私、と思いながらパニーニを口に入れた途端、美怜は美味しさの余り驚いた。

「す、すごく、美味しい…」

すると成瀬が声を上げて笑い出す。

「美怜、感動的な口調だな。未知との遭遇だった?」
「はい、もう、頭の中にパーッと花が咲いた感じ」
「まさに今そんな顔してるよ。ほんとに美怜の笑顔はプライスレスだな」

成瀬は料理よりも美怜の笑顔に満足しながら食事を楽しんだ。