「いらっしゃいませ。成瀬様でいらっしゃいますね?」

自動ドアを入ると、若くてはきはきとした男性のセールスマンに、にこやかに出迎えられる。

「はい、そうです。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いいたします。では早速お席にご案内します。どうぞこちらへ」

テーブルに案内されると、まずは自己紹介して名刺を渡される。

「成瀬様は現在クーペのスポーツカーに乗っていらっしゃって、セダンに乗り換えたいとのことでしたね。どのような点を重視されますか?」
「やはり安全性ですね。あとは助手席の座り心地です」
「なるほど、かしこまりました。助手席には奥様が座られるのでしょうから、今日は奥様にもぜひ試乗していただければと思います。成瀬様ご自身は、走行性や操作性、エンジンなどの性能にご希望はございませんか?」
「もうそんなにこだわりはなくなりました。三十代ですし、いずれは妻が運転する機会もあるかもしれません。ですのでオートマにしようかと」
「かしこまりました。わたくしといたしましては、ハイブリッドスポーツセダンがおすすめなのですが、こちらはいかがでしょうか?」

そう言ってセールスマンは、車のカタログをテーブルに載せた。

「こちらは優れた燃費性能を保ちながら、軽快な加速とレスポンスの良いなめらかな走りを可能にした、モーターハイブリッドシステムでございます。内装は最高品質のナッパレザー。体圧を受け止めるサスペンションマットは、優れたホールド性と柔らかな座り心地で、奥様も快適にドライブを楽しんでいただけるかと。予防安全性能も抜群ですし、将来お子様がお生まれになった際には、チャイルドシートを確実に簡単に装着できる取付金具を、リア席の左右どちらにもご用意しています」
「へえ、いいですね」

セールスマンが熱心に説明し、成瀬が真剣にカタログを眺める横で、美怜は一人、気もそぞろだった。

(な、何をさっきからサラッと…。奥様だとか、妻とか、将来お子様が、とか)

うつむいて気持ちを落ち着かせようとしていると、成瀬が顔を上げた。

「美怜はどう思う?」
「え、あの私は、あなたさえよければそれで」

そう言ってから、あなたって!と自分に突っ込む。

「では早速試乗されてみてはいかがでしょうか?奥様もご一緒に」
「は、はい。よろしくお願いいたします」
「かしこまりました。準備してまいりますので、お飲みものを飲みながら少々お待ちくださいませ」

お辞儀をしてセールスマンが席を外すと、コーヒーカップを手にした成瀬がボソッと呟いた。

「俺、今最高にニヤけてる。奥さんにあなたって呼ばれるって、こんなに嬉しいんだ」
「ちょ、ちょっと、本部長!何をおっしゃいますか。私はまだ奥さんではないです」
「まだ?ってことは、いずれ奥さんになってくれるんだ」
「ち、違いますって。私はただこの場に合わせただけです。空気読めるタイプなので」
「ふーん。じゃあ、このあともよろしくね。奥さん」
「うぐっ…」

美怜は、仕方なく頷いた。