そんな美怜達から少し離れたテーブルでは、入江と成瀬が真剣に語り合っていた。

「入江さん。昨日ミュージアムを見学させていただいたあと、早速本社に戻ってデータの収集を始めました。製品の売り上げや契約には、ミュージアムが大きく関わっていると感じたからです。具体的には、ミュージアムのオンラインショッピングコーナーにある自社ECサイトから注文されたデータ、営業がミュージアムを利用した案件とその契約内容、また、ミュージアムを訪れたお客様のクチコミサイトへの投稿内容などです。まだ全ては収集し切れていませんが、ある程度のことは見えてきました」

そう言って成瀬は資料を入江に差し出す。

「まず店舗とミュージアムの顧客データベースを一元化してみますと、一定の動きがありました。リピーターのお客様は、小物などは店舗で購入されますが、大型の家具はミュージアムにある自社ECサイトでオーダーされるケースが多いです。これは、店舗に置いてある製品を見るだけではイメージが湧かず、ミュージアムのバーチャルレイアウトやモデルルームで実際の雰囲気を確かめてから、購入を決められるからだと推察します。更に、シリーズ化されているものをまとめて購入されることが多く、ベッドやダイニングセット、ソファやカーテンなど、ECサイトから一度に高額のオーダーがあります」

入江は資料をめくりながら、成瀬の話にじっと聞き入っている。

「また昨日の富樫くんのケースのように、法人のお客様の契約に、ミュージアムが大いに貢献していることも事実です。営業部では、契約の前にお客様を自分でミュージアムにお連れする社員もいるようですが、その場合契約に至るのはおよそ八割程度。ですが、富樫くんのようにミュージアムの案内をミュージアムチームに一任した場合、全ての案件が契約に至りました。つまり百パーセントです。しかしこの事実を把握している社員は、ほとんどいないかと思われます。最後に、クチコミサイトについてです」

成瀬が自分の資料をめくり、入江も同じように次のページに目をやる。

「現代は若者のテレビ離れが進んでおり、かつてのように企業の宣伝、イコール、テレビCMだった時代は終わりました。何億という大金を使って有名人を起用したテレビCMを作っても、それに見合う効果は期待できません。一方、企業ミュージアムの場合、実際に訪れた人達のクチコミは、瞬く間にSNSを通じて広がっていきます。そしてそのクチコミは、参考にされやすい。『この製品が良かった』と書かれたものは、その後売り上げも伸びています。書き込みをしても何も利益を得られない人が書くからこそ、信憑性がある。テレビCMで自社の製品がいかに良い物かをアピールしても、それは当たり前だと聞き流されます。恥ずかしながら、私は我が社の企業ミュージアムが出来たと知っても、ここまで大きな影響を及ぼすものだとは思っておりませんでした。せいぜいPR活動の一環だと。ですがそれは、とんでもない誤解であったと恥じております。そしてこの企業ミュージアムの価値を誰よりも早く見抜き、我が社に取り入れた入江さんに、尊敬と敬服の念を抱かずにはいられませんでした。僭越ながら入江さん、私はあなたのことを今もなお本部長の座にいらっしゃる方だと思っております」

そう言い切ってじっと入江を見つめていると、しばしの沈黙の後、ふっと入江は口元を緩めた。