「おはようございます」
「おっはよう!美怜。どうだった?軽井沢の視察旅行は」
「とっても楽しかったです。先輩、これお土産のお菓子です。よかったらどうぞ」
「おっ、ありがとう!美味しそう」

翌朝。
オフィスに出勤すると美怜は、課長と先輩達にお土産を配って回った。

「課長、よろしければご自宅で召し上がってください」
「ん?信州そばか!女房も私もそばが大好きでね。ありがとう、いただくよ」

課長は破顔して美怜からそばを受け取ると、ところで、と口調を変える。

「視察はどうだった?いいアイデアは浮かんだかい?」
「はい。老舗ホテルの良さを改めて感じ、ルミエールにも取り入れようと案を練りました。クラシックモダンのイメージで、ロビーラウンジにステンドグラスを取り入れるのはどうかと」
「ほう、ステンドグラスはいいね」
「ええ。早速うちの製品でステンドグラスを使ったインテリアをピックアップし、あとはアンティークシリーズの家具もご提案することになりました」
「なるほど、分かった。私からも成瀬本部長と連絡を取り合ってみるよ。結城さん、このあとも富樫くんと一緒に、引き続きルミエールの件、よろしくね」
「はい、かしこまりました」

お辞儀をしてデスクに戻った美怜は、思わず両手で頬を押さえる。

課長の口から「成瀬本部長」と聞いた途端に、ぽっと顔が火照るのを感じた。

(会社で思い出しちゃだめ!)

必死で自分に言い聞かせる。

夕べの成瀬の言葉は、間違いなく告白だっただろう。

だが突然のことに混乱し、かつてつき合った彼に強引に皆の前でキスをされた記憶が脳裏をかすめて、返事に困った。

成瀬はそんな自分の気持ちの揺れ方を感じ取って、ちゃんと待つから、と言ってくれた。

その言葉にホッとし、優しく頬に口づけられた時には胸がキュンとした。

(本当はあの時、すごく嬉しかった。私も本部長のこと、好きなんだと思う。だけど、どうしてもちょっとためらっちゃう)

告白を受け止めて、イエスの返事をして、恋人同士になって、そのあとは?

高校時代の彼のように、傷つけられたりはしないだろうか。

(本部長はそんな人じゃない。きっと私を大切にしてくれる)

そう自分に言い聞かせるが、その一方で、期待が大きい分、もしまた傷つくことがあったらもう立ち直れない、とも思ってしまう。

(今は余計なことは考えずにいよう。本部長の言葉通り、少しずつ心を寄せて近づいてみよう)

返事を保留にするのは気が引けたが、甘えさせてもらうことにした。