「ちょ、美怜!」
「ん?なに?」
「お前まさか、今成瀬さんのことを下の名前で呼んだのか?」
成瀬さん?と首を傾げてから、あ!と美怜は目を見開く。
「成瀬さんか!そうだ、やっと思い出した。成瀬さんだ」
「は?どういうこと?」
「ちょっと名字が思い出せなくてさ。えへへ」
「えへへってお前…。それで本部長を下の名前で呼ぶなんて、正気かよ?」
「本部長?って、本部の長?どこなの?本部って」
はあー?と卓は思わず大きな声を出してしまい、周りを気にしながら急いで美怜を座らせた。
「お前、成瀬さんのこと何も知らないのか?」
「知ってるよ?昨日、本社に異動になったんでしょ。営業部に六年いたけど、ミュージアムのことは分からないみたいで、勉強させてもらいますって言ってたよ」
「言ってたよ、じゃない!いいか?あの方は営業で六年間常に上位の成績で、海外事業部に異動してからは五年間で五つの海外支社を立ち上げて帰国。異動時期としては異例の昨日から本部長になった、もはや我が社の伝説の方だぞ?」
「伝説ってそんな。今も普通に現役の方だし、何より若いじゃない。大げさだなあ、卓は」
「おまっ…、なにを呑気な」
卓は思わず頭を抱える。
「美怜、ひょっとして本部長がどういう役職か知らないのか?組織図でどこに当たるか分かる?」
「だから本部のトップってことでしょ?どこかの部署?それとも店舗?」
「違うわ!本部ってのは、ズバリこの会社全体のこと!本部長は我々実務の社員のトップ、役員とほぼ同レベルの人だ」
うひゃ?!と美怜の口から妙な声がもれる。
「それって私達現場の社員からすれば、社長みたいなものってこと?」
「ああ。そんな方を下の名前で呼ぶなんて、お前クビが飛んでも知らんぞ?」
ヒー!!と両手を頬に当てて美怜は仰け反る。
「どうしよう、今すぐ謝ってくる!」
立ち上がろうとする美怜の腕を、卓が掴んで止めた。
「今はやめておけ。ほら、入江課長と深刻なお話されてる。邪魔になるだけだ」
二つ先の円卓にいる課長達に目を向けると、何やら真剣な顔で言葉を交わしている。
「うん、そうだね。今はやめておく。それからもう二度と下の名前で呼んだりしない。良かった、今日卓に教えてもらって。そんなにすごい方だったんだね、本部長って。入江課長よりもはるかに上ってこと?」
「まあ、そうなるな。でも入江課長は前任の本部長だろ?それなら成瀬本部長の先輩ってことだ。だから今、引き継ぎの話をされてるのかもな。ほら、会社だと課長が本部長に引き継ぎなんて、やりにくいだろうから」
言われて美怜は頷く。
「そっか。入江課長も本部長だったんだよね。あ、だから私誤解してたんだよ。だって入江課長、本部長も兼任してるって聞いてたから、てっきり課長と同レベルの役職なんだろうなって」
「ああ、確かに混乱するよな。そもそも入江課長が異例なんだ。本部長になって二年目の時に企業ミュージアムを作るって発案したのが入江さんでさ。その立ち上げから軌道に乗るまでを見届けるってことで、ミュージアムチームの課長も兼任することになったんだ。ミュージアムオープンから四年経って、そろそろ本部長の方に本腰入れるのかと思ってたら、なんとミュージアムの方をメインにしたいって、本部長の椅子を降りたんだ。で、急いで後任として呼び寄せられたのが成瀬さんってことらしいぞ」
なるほど、と頷きながら美怜はちらりと課長達の様子をうかがった。
(いつもニコニコ温和な入江課長が、まさかそんなに偉いお方だったとは。それに成瀬さんも、あんなにお若いのに課長や部長よりも格上だなんて)
これからは気を引き締めて、失礼のないように振る舞おうと美怜は心に誓った。
「ん?なに?」
「お前まさか、今成瀬さんのことを下の名前で呼んだのか?」
成瀬さん?と首を傾げてから、あ!と美怜は目を見開く。
「成瀬さんか!そうだ、やっと思い出した。成瀬さんだ」
「は?どういうこと?」
「ちょっと名字が思い出せなくてさ。えへへ」
「えへへってお前…。それで本部長を下の名前で呼ぶなんて、正気かよ?」
「本部長?って、本部の長?どこなの?本部って」
はあー?と卓は思わず大きな声を出してしまい、周りを気にしながら急いで美怜を座らせた。
「お前、成瀬さんのこと何も知らないのか?」
「知ってるよ?昨日、本社に異動になったんでしょ。営業部に六年いたけど、ミュージアムのことは分からないみたいで、勉強させてもらいますって言ってたよ」
「言ってたよ、じゃない!いいか?あの方は営業で六年間常に上位の成績で、海外事業部に異動してからは五年間で五つの海外支社を立ち上げて帰国。異動時期としては異例の昨日から本部長になった、もはや我が社の伝説の方だぞ?」
「伝説ってそんな。今も普通に現役の方だし、何より若いじゃない。大げさだなあ、卓は」
「おまっ…、なにを呑気な」
卓は思わず頭を抱える。
「美怜、ひょっとして本部長がどういう役職か知らないのか?組織図でどこに当たるか分かる?」
「だから本部のトップってことでしょ?どこかの部署?それとも店舗?」
「違うわ!本部ってのは、ズバリこの会社全体のこと!本部長は我々実務の社員のトップ、役員とほぼ同レベルの人だ」
うひゃ?!と美怜の口から妙な声がもれる。
「それって私達現場の社員からすれば、社長みたいなものってこと?」
「ああ。そんな方を下の名前で呼ぶなんて、お前クビが飛んでも知らんぞ?」
ヒー!!と両手を頬に当てて美怜は仰け反る。
「どうしよう、今すぐ謝ってくる!」
立ち上がろうとする美怜の腕を、卓が掴んで止めた。
「今はやめておけ。ほら、入江課長と深刻なお話されてる。邪魔になるだけだ」
二つ先の円卓にいる課長達に目を向けると、何やら真剣な顔で言葉を交わしている。
「うん、そうだね。今はやめておく。それからもう二度と下の名前で呼んだりしない。良かった、今日卓に教えてもらって。そんなにすごい方だったんだね、本部長って。入江課長よりもはるかに上ってこと?」
「まあ、そうなるな。でも入江課長は前任の本部長だろ?それなら成瀬本部長の先輩ってことだ。だから今、引き継ぎの話をされてるのかもな。ほら、会社だと課長が本部長に引き継ぎなんて、やりにくいだろうから」
言われて美怜は頷く。
「そっか。入江課長も本部長だったんだよね。あ、だから私誤解してたんだよ。だって入江課長、本部長も兼任してるって聞いてたから、てっきり課長と同レベルの役職なんだろうなって」
「ああ、確かに混乱するよな。そもそも入江課長が異例なんだ。本部長になって二年目の時に企業ミュージアムを作るって発案したのが入江さんでさ。その立ち上げから軌道に乗るまでを見届けるってことで、ミュージアムチームの課長も兼任することになったんだ。ミュージアムオープンから四年経って、そろそろ本部長の方に本腰入れるのかと思ってたら、なんとミュージアムの方をメインにしたいって、本部長の椅子を降りたんだ。で、急いで後任として呼び寄せられたのが成瀬さんってことらしいぞ」
なるほど、と頷きながら美怜はちらりと課長達の様子をうかがった。
(いつもニコニコ温和な入江課長が、まさかそんなに偉いお方だったとは。それに成瀬さんも、あんなにお若いのに課長や部長よりも格上だなんて)
これからは気を引き締めて、失礼のないように振る舞おうと美怜は心に誓った。