「お待たせしました。日替わりランチのラザニアでございます。熱いのでお気をつけください」
「はい、ありがとうございます。わあ、美味しそう!」

目の前に置かれたラザニアに、美怜は目を輝かせる。

いただきます!と手を合わせてからフォークを入れ、真剣な表情で、ふうふうと冷まして口に運ぶ。

「んー、美味しい!…って、熱っ!」

うっとりしたかと思うと急に眉をハの字に下げて涙目になる美怜に、成瀬は思わず吹き出しそうになった。

うつむいて肩を震わせながら笑いをこらえる成瀬に、美怜は、ん?と首を傾げる。

「どうかしましたか?」
「いや、ごめん。あまりに表情がコロコロ変わるから、ついていけなくて」

はっ?!と美怜が素っ頓狂な声を出すと、成瀬は咳払いしてから真顔を作った。

「すまない。気にしないでくれ」

そう言うと、いただきますとラザニアを食べ始める。

「あっ!そんなに一気に食べたらだめです!」

慌てて手を伸ばす美怜に、え?と成瀬は顔を上げた。

「え?って、ええ?!熱くないですか?」
「うん」
「本当に?!」

怪訝そうにしながら再びラザニアを口にした美怜は、「あっつ!」とまた目を見開いて涙を浮かべる。

もう限界だとばかりに、成瀬は声を上げて笑い出した。

「あはは!君、本当に面白いね」
「はいー?どこがですか?」
「だって、朝は階段を踏み外して派手に滑り落ちてきたのに、仕事となれば大口の契約をサラッと取って。かと思えば子どもみたいに、熱いラザニアに驚いて涙目になるし。一人何役?ってくらい、色んなキャラになるんだね」

はあ…と、美怜は気の抜けた返事をする。

「そういうことなら、私もあなたの意外な一面を垣間見たような気がします。クールで大人な方だなって思ってたのに、急に楽しそうに笑顔になって…」

そこまで言うと言葉を止めて、美怜はおずおずと視線を上げた。

「あの…」
「なに?」
「えーっと、私の名前って、覚えていらっしゃい…ますか?」
「もちろん。営業マンは一度で顔と名前を覚えなきゃやってられないからね。結城さんでしょ?」
「はい、そうです。さすがですね」

そう言って気まずそうにうつむく美怜に、成瀬は、そういうことかと頷く。

「つまり、俺の名前は覚えてないってこと?」

すると美怜はハッとしたように顔を上げて、ふるふると首を横に振る。

「ち、違いますよ。そんな失礼なこと、まさか…」
「じゃあ、俺の名前は?」
「あ、えーっと、本日から本社に異動になった…」
「うん。なに?」
「ですから、その…。ええい、後藤さん!」
「誰だよ?!後藤って。しかもなんか、一か八かみたいに言ったな?」

美怜はぶんぶん首を振り続ける。

「いえいえ、違いますよ。あっ、そう!私達のチーム、普段はファーストネームで呼び合ってるんです。あなたのファーストネームはまだうかがってなかったですよね?もしよろしければ教えてください。うふふ」

笑顔でごまかす美怜に、成瀬は思い切り眉根を寄せた。

「さすがは営業マン顔負けの接客をするだけあるな。一筋縄ではいかない、諦めの悪さ。負けず嫌いの頑固者か?」
「あら、そんな。滅相もない。おほほほ!ちなみにわたくしは、美怜と申します。それで?あなた様のファーストネームは?」
「やれやれ。降参だ」
「あ、コウさん?」
「は?違うってば」

小さくため息をついてから、成瀬は負けを認めたようにボソッと呟く。

隼斗(はやと)だ」
「隼斗さん?わー、かっこいい!素敵なお名前ですね、隼斗さん」
「どうだか…。そんなにわざとらしく持ち上げなくていい」
「本心ですよ。イメージぴったり!ね?隼斗さん」

成瀬が脱力して肩を落とすと、美怜は満面の笑みでラザニアを頬張る。

「はー、幸せ。美味しいですよね、ここのラザニア。ね?隼斗さん」
「はいはい、猫舌さん」
「美怜です。それに私、猫舌じゃないですよ?ほら、普通に食べられます」
「それはラザニアが冷めたからだ」
「あ、なるほど!」

成瀬はまたもや、ガックリと肩を落とした。