ぺちっと頬を叩かれて乃々は目を覚ました。
一瞬、自分が別荘に来ているのを忘れて、どこに居るのか分からなかった。
仰向けのまま目を開けると、自分を見下ろす蒼空の整った顔が飛び込んで来て、乃々は瞬きした。
「朝寝坊」
自分の両腰に手を当てて、しかめっ面で蒼空が言った。
「さっさと着替える。しゃんとする。」
蒼空は、体を起こした乃々のタオルケットを取り上げて丸めた。
「顔洗ってきな。」
廊下は窓から入る光で明るかった。
ドアを開けて部屋を出たが、乃々はどっちに向かって歩いたら良いかが分からずぐずついた。
木の腰壁の廊下をうろうろしていると、後ろから蒼空が乃々の腕を引いた。
「こっちだよ。」
洗面所は広く明るいデザインで、ドアの隙間から檜の風呂が見えた。
乃々が栓を捻って水を出すのを、蒼空は腕組みをして見ていた。
パシャパシャと顔を洗い終わると、蒼空がタオルケースからタオルを出して渡してくれた。
「着替え一緒に取ってこなかったの?」
乃々が顔を拭いていると蒼空が呆れた、と言う風に聞いた。
「愚図だね、お前。」
ワンピースに着替える乃々を、蒼空はドアの外に立って待っていた。
「着替えた?。」
「うん」
ドアを開けて、蒼空は夏のワンピースを着た乃々をチェックした。
「これから部屋見に行くよ。お前の部屋二階だろ?。」
階段を登る蒼空に、乃々は付いていく。
「さっさと来ないと置いてくよ。」
中2階の踊り場ははガラス張りで、お洒落にデザインされた中庭が見える。
乃々は手摺を使って転ばない様に気を付けて進んだ。
2階の自分の部屋まで戻ったので、乃々は蒼空の先に立って部屋のドアを開けた。
ソファのある小さな居間から、落ち着く色合いのベッドルームが覗いている。
大きな窓からは広い庭とプールが見えた。
乃々は、ベッドルームに入ると、自分のベッドの丸まっていたタオルケットを、広げて端と端が重なるように畳み直した。
蒼空はその作業を眺める傍ら、ベッドルームの窓を開けて外を見たが、窓はすぐ閉めた。
「僕んとこと大体一緒。」
乃々が部屋の途中の作り付けの棚を開けたが、何も入っていなかった。
「次僕の部屋。」
ドアから出て歩き出した蒼空に、乃々も小走りで付いていく。
階段を降りる途中で、蒼空はひょい、と手摺に片足を乗せた。
「この手摺滑り心地良いんだ。」
乃々が後に続こうとすると蒼空はしかめっ面をした。
「お前はやらないの。危ないから。降りてきな!。」
乃々は走って階段を駈け降りた。
一階の蒼空の部屋のドアを開けると誰も居なかった。
居間にタオルケットが出しっぱなしになっていて、さっきまで人の居た気配がした。
「母さん居ない。入って。」
乃々が入口から部屋を見ていると蒼空が言った。
蒼空は、居間の棚の引き出しから新しいコップとティーパックを取った。
テーブルの給湯器で、蒼空はお茶にお湯を注いだ。
窓から日差しが差し込んで、白いロールのシェードを通して明るく光っている。
お盆に2つカップを置いて、2人は向かい合ったソファに腰掛けてお茶を飲んだ。
「学校で何してる?」
お茶のカップを口に運びながら、蒼空が聞いた。
「何にも。飼育係になりたかったけど、じゃんけんで負けちゃった」
「兄妹居る?」
「居ない。」
「ふーん、だろうな。お前って一人っ子だろうなって思ってた。」
それから蒼空は笑って付け足した。
「空気読めないとことか。」
乃々が何か言う前にお茶を一口飲むと、しれっとした顔で言った。
「僕も一人っ子だよ。お前と違って空気読むけどね。お前、別荘は初めて?」
「うん。夏はいつもお祖母ちゃんちしか行かない。」
「僕は二回目。伯父さんが持ってて、そっちは貸別荘じゃないんだ。ここより狭いけど、そっちは本棚が沢山あって、ってか物が沢山置いてあって面白い。お前は本が好きそうには見えないけど、読むの?」
「あんまり読まないよ。家では絵を描いてる。」
その時、蒼空の母親がトーストを片手に部屋に入って来た。
「あら、何してたの?」
母親が聞いた。
「母さんは?」
蒼空は母親を見上げて聞き返した。
「ママは朝ご飯よ。えーと……」
「乃々。」
「乃々ちゃんも先にお母さんと朝ごはんにしたら?材料冷蔵庫に沢山買ってあるから好きなの使って食べて。蒼空あなたはもう食べたでしょ。」
「分かった。」
蒼空は乃々に向き直ってしかめっ面を作った。
「食い終わったら僕の部屋に来る事。もし来なかったら打つよ。」
乃々は蒼空の部屋から出た。