午前中から暑かったが、蒼空と乃々は庭へ出た。


 2人はハンモックで話す約束をしていた。


 木陰伝いに歩いて行って、別荘から一番端にあるハンモックに乃々が座ると、枝がちょっと軋んで、緑の葉がさらさらと揺れた。



 別荘を後ろに蒼空が言った。




「お前が他の奴に心を移す事を考えてみた。」




 乃々は首を傾げた。




「お前が他の奴を好きになって、全部そいつの物になるって。」




 乃々はカラフルな布に凭れて空を見上げた。


 下から見ると、緑の葉は重なり合って光にきらきら輝いている。




 蒼空の伸ばしたてのひらの先が、軽く、乃々の唇に触れた。




「何とか言いな。ないって言え。ねえ。」




 蒼空が言った。




「約束。お前は僕以外好きにならない。」




 夏空を行く風が吹いて、揺れた葉の隙間からきらめきが乃々の体へ零れ落ちる。


 蒼空を見返す乃々の澄んだ目は子供の目で、ちょっと迷っているようにも見えた。


 蒼空は乃々の頬をつまんで親指で押すと、にっこりと笑った。


  
 蒼空は、別荘で出逢った、この同じ年の女の子の事をとても気に入っていた。



 だから、夏の終りを思う時、蒼空の胸はチクチク痛んだ。










 夕方になって、別荘のチャイムが鳴った。


 乃々が出ていくと、引き戸は開いていて、色素の淡い母親と子供が入って来る所だった。


 亜麻色の髪をした母親の方が乃々にすぐ気付いた。



 
「あら、こんにちは。乃々ちゃんでしょう?」




 上品なベージュのワンピースを着た母親は、そう言うと玄関に荷物を置いた。

 親子は来るまでに何か口論していたらしく、ちょっと機嫌が悪そうだった。


 乃々は挨拶をした。




「あらありがとう。ほらあなたも、ちゃんと挨拶しなさいよ。乃々ちゃん、お母さん呼んで貰える?」




 しゃがんで靴を並べている男の子の方は亜麻色というよりは金髪に近い髪をしていて、目を奪われるほど整った綺麗な顔をしていた。




「……」




 男の子はむすっとした顔で乃々を一瞥すると、靴をしまって無言で立ち上がった。


 はじめましてを言う隙がなかった。


 男の子は唇を引き結んだまま乃々の方を見ずにスタスタとリビングへ入ってしまった。