シャルロットは、ひとりひとり、貴族名鑑の絵姿を指して名前を口にした。
 そのたびに王妃はシャルロットをほめて撫でた。
 よほど楽しいのだろう。ふらりふらりとした音程が、王妃の鼻筋に響いている。
 その歌には覚えがあった。ずうっと昔、シャロにアルブレヒトが教えてくれた歌だ。

「わすれないで、おぼえていて……わたしはずっと……」
 
 ほのかに暖かくなった胸は、ぽわぽわとはじけるようなぬくもりに満たされていく。
 口ずさんだ歌詞は、王妃が奏でた鼻歌のそれだった。
 普通に考えれば、厳しくしかられるだろう。勉強中だといって。けれど王妃は、一瞬戸惑ったように口をつぐんだ後、しかし今度ははっきりと歌いだした。

 ふら、ふらと横道にそれそうな旋律は、とても難しい。
 それでも、王妃と一緒に歌うのは楽しかった。姉たちと一緒に歌った日々を思い出すほど。

「わすれないで、おぼえていて、わたしはずっとわすれないから」
「ここはあなたの道の先の先。きっといつかやってくるあなたを待ってる」

 最後のフレーズを歌い終わると、王妃はふふっ!と笑い声をあげた。
 シャルロットが振り返ると、王妃は、先ほどまでの張り付けたような少女の笑みではなく、シャルロットの母がシャルロットに向けるような、やわらかな表情を浮かべていた。

「シャルロット、よく知っていたわね。それは、わたくしの故郷の歌──ずうっと向こうの国の、古い歌なのよ」
「……あっ!お勉強中にごめんなさい」
「…………いいの、それにもう敬語なんかいらないわ。シャルロット、わたくし、アルブレヒトがあなたを愛しく思う気持ちがわかった気がするの」