ただ見ているしかできなかった。父でしかない公爵には、シャルロットに手を差し伸べることも、抱きしめることも、できやしなかった。

 ヒュントヘン公爵は、思い出す。8年前、アルブレヒトをかばって死んだ犬がいたことを。
 今のシャルロットは「シャロ」と「シャルロット」の間でぐらぐらと揺らいでいる。
 思い出させてはならない──残酷なことを思い出させたくない──いいや、思い出させてやりたい。

 痛かっただろう、体が、心が──死ぬということが、怖かっただろう。
 けれどなにより、シャロはアルブレヒトと一緒に居たかったのだ。一緒に居られないことが、何よりシャルロットを苦しめている。

 だから──だからこそ、ヒュントヘン公爵は、静かに涙を流して苦しむ愛娘を抱き上げた。

「エリーザベト、いるのだろう」
「……ええ」

 ずっと見守っていたのだろう。シャルロットの母は腕一本分だけ開いていた扉を開け放った。
 静かに歩いてくる母は、シャルロットを見つめて目に涙をためた。

「わたくし、この子のことが大切だわ」
「ああ」
「だから、殿下と一緒に居させてあげましょう」
「……ああ」

 母は、シャルロットの前髪をかきあげ、額に口づけを落とした。