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 「ご主人様」の名前は、アルブレヒトというらしかった。
 母が教えてくれたあの人の名前を、しみこませるように何度も舌の上で転がした。

 父が何度も「幸せにおなり」と言ったのを、シャルロットは不思議な気持ちで聞いた。

 だって、シャルロットにとって、ご主人様──アルブレヒトとともにいられることはもうそれだけで幸せなことで、だから、お父さまが心配するようなことなんてないのよ、と答えたのに、父はぐうっと言葉を詰まらせたように喉を鳴らして、そうしてシャルロットと同じ緑の目を少し赤くして、「そうだったね」と笑った。

 父が泣いていた。シャルロットは、自分が父を傷つける何かをしでかしたんだと理解した。
 シャルロットは背伸びして、ソファに沈み込んだ父の膝へ乗り上げた。

「お父さまは、シャル……わたしがアルブレヒトさまのところに行かないほうがいいの?」

 純粋な疑問だった。シャルロットは、アルブレヒトと一緒にいたいけれど、けして家族にこんな顔をさせたいわけではない。

 ヴィルヘルムがよく言っていた。

 ──困ったときは、考えるんだ。そうしていい落としどころを見つけるんだ。