ここにある書類はそのほとんどが貴族からの嘆願書のていをとった文句の手紙だ。
曰く、年の差がありすぎる。
曰く、もっとふさわしい相手がいる。
曰く、権力が偏りすぎる。
ヴィルヘルムは思わず握りつぶしそうになった書類を広げなおし、ハァと呆れ返った。
ヒュントヘン公爵家は権力と歴史で言えば他家の追随を許さない。確かにそうだ。だが、ヒュントヘンの真の存在意義はそんなものではない。
ヒュントヘンは、かつて枝分かれした王家の愛犬──子犬の末裔。
──王家の傍流、王家のスペア。
だからこその権力だ。
だが、それを知らない人間がいるのまた事実。
王族の「愛犬」をただの愛玩動物だと勘違いしてあるものがいるように、忘れられて久しいのだ。
儀式が形骸化するように、きっともう一握りしか知らない。伝説は残るものだ。けれどこれはほとんど残っちゃいない。
なぜなら、これは、伝説に沿っただけの、不可思議なだけの、純然たる事実だから。
──そしてこれは、王族の血を引く人間にしか実感できないことだから。
アルブレヒトの一族のこれに関しては、特性といっても過言ではない。
アインヴォルフ王家の人間は、愛犬がいないと死んでしまう。
この言葉は比喩ではない。アインヴォルフ一族は、愛犬を生涯大切に大切にそばに置く。
寿命で亡くなればその骨を身につけて過ごし続ける。そういう人間なのだ。
その証拠に、アルブレヒトはついこの間シャルロットと出会うまで抜け殻のような人間だったのだ。