ラルヴァ―ナ大陸は南、アインヴォルフ王国の歴史に名をのこす、偉大なる名君──アルブレヒト・アインヴォルフ。 かの王は、当時の王族には珍しく、「愛犬」を伴わない王だった。
 かわりに、生涯彼にずっと寄り添った存在──シャルロット・シャロ・ヒュントヘン・アインヴォルフという名が、かの王の在位中の歴史書には多く記述されている。

 国王の最愛の王妃だった彼女は、神話の子犬の再来とされたが、本当のところはだれもわからない。建国王の再来と呼ばれたアルブレヒト王と同じように。

 シャルロット王妃は、まさしく多産の犬のごとく、4男3女という数の子を産んだ。

「そして、むつまじい王と王妃は、老衰で二人同時期に亡くなるまでずっと隣同士で寄り添っていた……このあとの資料、どこにあるんだろう」
「右上の棚、左から三番目だよ、シャル」
「先輩!」

 先輩と呼んだ青年に駆け寄った少女は、まるで子犬のように青年に抱き着いた。

「先輩、今日は学会に行ったのでは?」
「君に会いたくて、早く帰ってきてしまったんだ」
「ま、お上手ですねえ」

 あきれながらも嬉しそうにする少女は、ふるふると肩まである銀髪を振りおとし、エメラルドグリーンの目を細めて言った。

「でも、抱きしめてくれたから許してあげます」
「シャルは本当に、僕に抱きしめられるのが好きだね」

 黒髪の青年は少女を抱く腕に力を込めてほのかに笑った。
 少女は、そういえばそうですね、と少し不思議そうに首を傾げて──ややあって、嬉しそうに答えた。

「先輩に抱きしめられてると、なんだか、えっと、息がしやすいんです!」
「──……」

 いつもの質問に返ってきた、初めての答え。
 ふ、と、青年は、その言葉を聞いて腕をこわばらせた。
 背の低い少女の肩口に顔を埋めて、落ち着くようにゆっくりと息をする。

「……先輩?ど、どうしたんですか?どこかけがを?」
「そうだね、シャル」

 青年の、青い目が少しだけ揺れた。どうしようもなく幸せで、どうしたらいいのかわからなかった。

「君は──いつだって、そうだったね」
「先輩?」
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