夢のシャルロットは、もうなにも言わなかった。ただ微笑んで、もう一度椅子に座りなおす。
 こちらを向いたまま、お別れの時のようにひらひらと振られる手に、シャルロットはにっこり笑った。
 屋根の下をでて、芝生へ駆け出し、シャルロットは遠くの空に、もう一度手を伸ばす。
 今も鮮明に思い出せる。19年前、自分が死んだ日。これは、残酷なあの日に抱いた大切な約束だった。

 シャルロットは走る。東屋は景色に溶けるように消え、かわりにアーモンドの花が咲く中庭が現れる。
 ここだったんだね、シャルロットはつぶやいた。

 ──かつてあなたが言った言葉を、ちゃんと覚えている。
 晴れになるよ。晴れにするよ。わたしが、あなたの雨を晴れにする。
 一方的な約束で、けれど命を賭した約束だった。
 この魂すべてと引き換えにしても叶えたい願いだった。

「アルブレヒトさま」

 帰るよ。あなたのもとへ。
 毛むくじゃらの手足も、牙もない。尻尾がないから感情を出すことにコツが要って、小さい体はすぐに弱ってしまう。

 人間は不便だ。頭ばかりでっかちで、いらぬことを考えては悩む。めんどくさい存在。
 シャルロットは、今、そんな人間で。
 それでも──それでも、帰るのだ。

「あなたと、生きるよ」

 シャルロットの手が何かをつかむ。
 ついで、つかんだものに引き上げられる感覚がして、シャルロットの視界は白く染まった。