狂気的な言葉がシャルロットの身にまとわりつく。お前は僕の愛犬だ、犬になれ、と。
 何を言われているのか、どんどんかすんでいく思考ではそれも理解できない。
けれど、ここで踏ん張らねば、シャルロットは大切なものを失うのだ。
 それはなにより恐ろしいことで、いっそ死んでしまえたら楽だとすら思える。

「あ──……」

 生きて、と金髪の少女の声が聞こえた気がした。
 黒い髪をした、やわらかな笑顔の青年の顔が浮かんでは消える。
 そうして──歌を、思い出した。

「わ、すれ、ないで」

 音程も何もない、不安定な音の羅列。
 シャルロットの口からこぼれ出た旋律に、目の前の男はうろたえたようだった。

「シャルロット・シャロ、何を言って……」
「わすれ、ない、で……おぼえて、いて」

 パン!シャルロットの頬に熱が走る。痛みで意識を少しだけ取り戻せた気がして、頬の熱さにかまわずシャルロットは歌った。

「わたし、わすれ、ない……雨が、降ったら」
「黙れ!!黙れよ!この駄犬!」

 男が、シャルロットの手に、何かを持ったこぶしを振り上げる。
 ──雨が、降ったら。そう言ったのは、誰だっけ。
 パリン!音がして、ぱっと飛び散ったのは、赤い花びら。これは、命の色だ。シャルロットの、血の色だ。