はっとはじかれたようにヴィルヘルムが走り出す。アガーテがマルティナの体を見分し、右腕以外の骨が無事だわ、本当によかった。と顔を緩めた。

「内臓が無事なら大丈夫よ。マルティナさん、がんばって」
「生きるのよ。私たちと一緒に、おひいさまをこれからも守ってくれるんでしょう」

 必死にマルティナに処置を行う二人のもとに、医務官が走ってくる。
 ヴィルヘルムと合流したのだろう、氷や薬も運ばれてきたようだ。

 アルブレヒトは、それでも握ったこぶしに力を籠めるのをやめられない。
 踵を返し──走り出そうとしたアルブレヒトを、臣下の一人が見とがめた。

「王太子殿下、今御身が離れられては、アインヴォルフ国がつぶれてしまいます。何卒こらえてください」
「ッ黙れ!」

 アルブレヒトが叫ぶ──それで気付いたほかのものが、口々に言った。

「王太子殿下、姫君はきっとご無事です」
「それに、御身のかわりはおりませぬ」

 アルブレヒトに縋りつく臣下を、振り払おうとした──その時だった。
 布ずれの音とともに近づく、落ち着いた女の声。ぴんと芯の通った声が、朗々と響く。

「王太子一人、いない程度で回らない国なら、それまでです」
「はは、うえ」
「アルブレヒト、今、行かないで、何のためにあの子を閉じ込めたのです──お行きなさい」
「し、かし、王妃殿下!」
「くどい。二度も言わせないで。それに、わたくしにも、政の心得くらいあります。わたくしの名を、お忘れになって?」