振り返ったマルティナの姿を、隙ととったのか。目を血走らせ、口からよだれを垂らし、腐ったような息を吐く男──。
 その血管の浮き上がった手が、マルティナの、レイピアを持たない手──白い手袋をした右の手を捕まえ、ぎゅうと握りつぶした。
 ぺき、ぐちゃ、と嫌な音がする。

「……ッ、が、ぁ」

 マルティナの喉がぎゅるりとなって、汗が噴き出す様子が見えた。

「マルティーズ!」
「シャルロット、さま、お部屋へ、走って。部下を、配置して、います」
「それでは──マルティーズは」
「こい、つの、狙いは、わたくしではありません」
「マル──」
「──走って!!」

 血を吐くような声。シャルロットの役立たずの足は、ようやく動いてくれた。
踵を返し、マルティナの背から飛び出すように走り出したシャルロットは──けれど、もう、遅かったのだ。

 シャルロットの華奢な体を、ひょろりと背の高い誰かがまるで掬い上げるかのように抱き上げる。ついで、背骨がきしむような強さで羽交い絞めにされて、シャルロットは呻いた。
 そして頭上から、狂ったような笑い声が落ちてくるのを、吐きそうな絶望の中で聞いた。

「ああ、やっとこの腕の中に飛び込んできたんだね。僕の愛犬」
「兄上、どうして」
「ここにいるのかって?そりゃあ僕が傀儡じゃないからさ」