シャルロットがアルブレヒトの「愛犬」だと、根底から理解しているものは僅かだろう。

 それは、王家と、王家のスペアたるヒュントヘン公爵家、そうして──、ずっと昔、民の記憶から消えるほどに、王家から分かたれて久しい、建国王の末の王女の末裔──……ティーゼ侯爵家の三家のみが知る真実。

 王家にあやかり、飼い犬を愛犬と呼ぶ行為は、今や一般の民にも広まる風習だ。
 だが──愛犬にする、と言ったなら、話は別で、王族の愛犬を奪うということが、王族の心を砕くことだと知っていると、そういうことなのだ。

 ふいに、流れるような動作で、マルティナは膝をついた。

「愚兄の企み、今は謝罪できますまい。しかし、王太子殿下。愚かな我が家の人間を止めること、助力を乞い願います。どうか──どうか、シャルロット・シャロ・ヒュントヘンを兄の餌食にせぬよう」

 懇願するような声で、また、それは主人に対するものとは少し違った。
 彼女がこの忠誠心を向けるものが、他にいるのだとわかる──しかし、アルブレヒトは、承知した、と、ただそれだけを口にした。

 信頼ではない──それを得るには、彼女のしたことを今も許せぬ心が大きかった。
 ただ、手は多い方が良かった。

 ──それに。
 アルブレヒトは、マルティナの眼差しを思い出す。
 憧憬にも似た、シャルロットの部屋を見つめる目に浮かぶ感情。
 それは、アルブレヒトが恋知らぬ少年だったあの頃、かつてのシャロに向けたものと、よく似ていた。