一瞬で移動したヴィルヘルムが、手のひらで男の顎を捉え、思い切り打ちはらったのだ。
 大きな音と、土煙。それが晴れたとき、バランスを崩し、倒れた男は気絶していた。

「突進とはこう使うものだ。愚か者」

 ヴィルヘルムのひんやりした声が辺りに染み入る。
 彼らしくもない、冷徹な声だぅた。

「ヴィル、落ち着け。騎士団長、後処理は」
「任せてください。性根を叩き直してやりますよ」

 強さに性別など関係ないと、なんども!
 そう言って、倒れた男を引きずってずんずん歩いていく騎士団長に、ぞろぞろと訓練中の騎士たちがついていく。

 なるほど、マルティナは人望もあるようだ。
 騎士らが立ち去ると、あとにはアルブレヒトとヴィルヘルム、マルティナの3人が残る。

 一連の流れに、驚いたように目を瞬いていたマルティナが、しかし気を取り直したようにはあ、と息を吐いた。

「まずは感謝を。ヴィオラさま。……あなたがヒュントヘン家の方とは存じあげませんでしたわ」

 苛烈な眼差しが、ヴィルヘルムを射抜く。
 ヴィルヘルムは、居心地悪そうに苦く笑った。
 マルティナは次にアルブレヒトを見やり、しかしなにも言わず踵を返した。

「ティーゼ侯爵令嬢、」
「場所を変えましょう。王太子殿下」

 振り返らずに、マルティナは言った。

「そろそろ、来る頃だと思っていましたわ」